ただ、触れていたかった

   36:背中から伝わる温度

 カシャン、とかわらを踏むと音がした。
仕事をひと段落させた清々しさが、青い空を余計青く見せた。大きく息をついて腰を下ろす。
こうして仕事の合間に抜け出すことは珍しい。生真面目が売りのような一之瀬は十一番隊の中でも珍しく、仕事を放り出したりしなかった。
空を流れる雲の数を数えられるほど一之瀬は気を抜いていた。

「珍しいね」

突然響いた声に一之瀬はひっくり返りそうになるほど驚いた。
同時に背中に触れるもの。ほのかに温かなそれは隊長の背中だとすぐに判った。
 「…隊長」
背中合わせで座ったまま、振り向かない。温かなそれを手放しがたくて、失礼を承知で一之瀬は振り向かなかった。
「真樹ちゃんに会えるとは思わなかったな、こんなところで」
隊舎の屋根の上などサボリの定番スポットだ。
「私も隊長にお会いするとは思いませんでした」
揶揄に揶揄で返すと、隊長が肩を震わせて笑うのが判った。

 平和で温かな雰囲気に一之瀬の口元が緩んだ

「隊長こそ、お仕事はよろしいのですか」
そう言うと隊長の背中と肩が一之瀬に寄りかかってきた。温かな熱。
「息抜きも必要なんだよ、真樹ちゃん」
穏やかな声が返ってくる。それが心地好く一之瀬の耳をくすぐる。
 「隊長は息抜きばかりじゃないですか」
「言うね、真樹ちゃんも」
ズバリといえばへらりとした答えが返る。いつもの、こと。

平和で、幸せ。

「真樹ちゃんは止めてください」
「じゃあなんて呼んだらいいの」
揶揄うような返事に一之瀬はフッと微笑んだ。後ろで隊長が笑う気配がする。
 「一之瀬でいいじゃないですか。苗字で」
「せっかくかわいい名前なのにもったいないよ」
唇を尖らせるのがわかるような口調に一之瀬は堪えきれず笑った。
「笑うことないんじゃないかな、真樹ちゃん」
「隊長の所為ですよ」

『真樹ちゃん』と、呼ばれる声が心地好かった。幸せだった。

「真樹ちゃんは意地悪だね」
「一之瀬、とお呼びください」
堪えきれず、二人同時に噴出した。
 「意地っ張りだね」
背中合わせの温度。ほのかに暖かく、寄りかかってくる心地好い、重み。
この幸せがずっと続くと信じて疑わなかった。
「隊長こそ、意地っ張りじゃないですか」
「いいじゃない呼び方くらい。真樹ちゃん」

 この人の元にいることが幸せで。
 話せることが嬉しくて。
 触れることが楽しくて。

「真樹ちゃんを抱きたいな」
「昼間ッから何を…!」
このときばかりは慌てた一之瀬の言葉に隊長が笑った。
「じゃあ、夜ならいいのかな」
 一之瀬はぐうの音もでない。鼓動が、早まった。
「真樹ちゃん」

「君を抱きたい」

――隊長に、抱かれる

 不快な思いはなかった。この方のためなら何でもできると、真実そう思っていた。

「…はい」

「…今夜、お部屋へ伺います」
「ありがとう」
一之瀬の返事に隊長の言葉が返る。
穏やかな声だ。

「真樹ちゃん」

心地好く耳朶をくすぐるその声に、一之瀬は身を任せる。

「好きだよ」

「…私もです、隊長」

背中合わせの姿勢がひどく心地好くて、一之瀬はこの時が永遠に続けば良いのにと、思った。
 その夜隊長の部屋を訪れた一之瀬は、隊長に抱かれた。
狂おしい熱と悦楽の中で、溶け合うように口付けた。

「真樹ちゃん、好きだよ」
「…はい、隊長が、好きです」

そのしばらく後、隊長は決闘で負けて、死んだ。


《了》

なんか砕蜂の話を思い出します(禁句!)
でも一之瀬は前隊長のこと好きだったと思います(真顔←誰か止めて)
パ、パクリではない…はず…!(汗)      11/10/2006UP

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