たまに、そう忘れた頃に
32:刹那の逢瀬
ホコリまみれになってようやくたどり着いた街。宿を決めて一区切りついてようやくそれぞれ街中へ散っていく。双子に喚くライセを置いてタヅマはこそこそと繁華街へ繰り出した。たまには酒も飲みたいし、女も抱きたい。欲望は普段抑えられているだけあってひとたび火がつけばとめどなくあふれ出す。
カランと扉を開けて入った大衆食堂に思わぬ顔を見つけた。
「ハクロウッ?!」
「あぁ?!」
目をむいて叫ぶとギロリと睨み返されてタヅマは慌てて口をふさいだ。だが足はいそいそとハクロウの元へと向かっていた。
金茶の長い髪を髪留めで留め、獣のように精悍な顔立ち。真っ直ぐ臆することなく睨みつけてくる目は紅く魅入られる。黒いシャツは胸元まで開かれ浮き上がった鎖骨は見えていた。先に一杯やっていたらしくテーブルには酒瓶とグラスが乗っている。
「久しぶりだな〜まさかお前に会えるとは思ってなかったよ」
言いながら何か言われる前に相席する。どく気配のないタヅマにハクロウは諦めたのかフイと顔をそむけた。長い髪がさらりとなびく。
「テメェがいるって事はライセの野郎もいるって事だな」
にやりと笑って立ち上がろうとする肩を押さえる。
「まぁまぁ、つれないこと言わないでよ」
お前に逢えて嬉しいのにさ、と顔をほころばせる。拳が飛んでくるかと覚悟して身構えたタヅマをよそに空気は静かなものだ。思わず瞑っていた目を恐る恐る開くと耳まで真っ赤になったハクロウが、そこにいた。
「――…ばッ…」
バカ、とでも言いたいのかハクロウは口をパクパクさせている。
その様がなんだかひどく愛しくなってタヅマの顔が余計に緩んだ。
「かわいいねぇ」
こんなにも愛しく思うなんて
こんなにも逢えて嬉しく思うなんて
「可愛い」
紅くなった頬に手を添える。紅い三白眼がぎょろっと照れ隠しのように睨みつけてくる。
「…男に可愛いなんて言うんじゃねぇ、このタレ目ッ」
「可愛くない口はこうだ」
言うが早いか口付ける。
驚いて体を押し返そうとするのを振り払って唇を重ねた。
酒の所為か少し温かな唇が溶け合う。角度を変えて何度も何度も口付ける。
二人の乱れた吐息が触れ合って濃密な雰囲気をかもし出す。
「場所、移していいかな」
普段の茶化したような雰囲気は微塵もない。
「抱かせろよ…抱きたい」
真面目なタヅマの様子にハクロウは息を呑んだ。真面目な顔をするとこの男は意外な迫力がある、とハクロウはひそかに思った。
赤茶の髪がうなじの辺りで元気良くはねている。少しタレ気味の目は髪と同じ赤茶色をしていて今は色に煌めいていた。
言われるまでもなく体のほうが抜き差しならない状態になっている。ハクロウは控えめに頷くとタヅマの顔がぱっと綻んだ。
「今日のオレってツイてるなぁ」
「やっぱやめっかな」
ビクリとタヅマの肩が跳ね上がる。驚いたような、そんな顔にハクロウがにやりと笑う。
「嘘だ、バカ野郎」
ハクロウの唇はタヅマの唇と重なった。
たまの偶然
こうして逢えるのは運命?
大衆食堂から路地裏に場所を移して二人は熱を確かめ合う。
互いの体をまさぐりあい口付け、睦言を囁きあう。
服が皮膚が邪魔になる、熱が真正面から触れ合う。舌先が淫靡に動き回った。
触れ合う指先が愛しかった。
内部にまで及ぶ愛撫にハクロウは応え悶えた。
一時も離れたくないとばかりに口付けを交わしあう。
濡れた舌先が指先と同じように体中を這い回った。
「ハクロウ」
甘く名前を呼ばれて飛びかけた意識が戻る。赤茶の目がじっと見つめていた。
「…タヅマ」
名前を呼ぶ。それだけでタヅマの顔が綻んで、それだけでハクロウの奥ッ側が揺れ動いた。
たまに忘れた頃に会う
それはまた一瞬の夢のようで
縋りつくように二人は互いの体をかき抱いた。
《了》