魅せられた、はずだった
30:微笑みで嘘をつく
伸びてきた腕が体を引き寄せ抱きしめる。二人きりの部屋で優しく抱きしめられる。
トサ、とベッドの上に体を横たえさせられる。
「嫌かね」
拒むように突き出した腕を取って狩矢がそう問うた。一之瀬の鳶色の目が潤んだように煌めいた。
「…狩矢、様」
――強く惹かれたはずだった
抱かれることなど、なんでもないはずだった。好きなのだから。
それでも体は戸惑いを見せ狩矢の手を拒んでいた。
狩矢の手が強引に死覇装の襟を乱す。白いフードつきのシャツをたくし上げられ現れた胸に、狩矢は唇を寄せた。体がピクリと震えて反応する。
「狩矢様」
腰紐を解かれ袴が肌の上を滑り落ちる。下帯すら解かれて、守るものが無くなった下肢に狩矢の手が伸びる。その間にも唇は胸の上を這い紅い痕をつけていく。
勝手が違うとその考えに、一之瀬は愕然とした。
「…隊長」
思わず零れた言葉にも狩矢は怯まない。
抱かれ慣れた体は手順が微妙に違うと訴えてきている。
何度も何度も、抱いた手はもう存在しないというのに。
体だけが、ただ求めている。狩矢の手が一之瀬の体を這った。
その、微妙な違いが。
――隊長、私は
幾度も抱きしめてくれた隊長のことを思い出す。
優しく何度も抱きしめられて一之瀬は従順に応えた。
「抱かれている間に別な男のことを考えるとは、余裕なのか」
「いえ…!」
一之瀬は激しく頭を振った。
「抱いて、ください」
今の私に必要なのはこの男なのだ。
――強く、強く魅せられた
この男なのだ。
一之瀬は腕を伸ばして狩矢を抱き寄せた。
「抱いてください、狩矢様」
「…いいだろう」
いつの間にか浮かんでいた微笑に狩矢は哂った。
それでも差し出された体を手放す気にはなれず。
狩矢は一之瀬の手を取った。
這いずる手に一之瀬の体は従順に応えた。
――私は笑いながら
一之瀬の脳裏に隊長の顔がよぎった。
目が眇められ、その目尻から雫がツゥと流れ落ちる。
――微笑いながら他の男に抱かれている
一之瀬の意識はそこから熱の奔流に押し流されていった。
「私が、好きかね」
狩矢の声に一之瀬は従順に応える。
「はい、狩矢様」
――強く強く魅せられたのだ
目尻を伝う雫を無視して一之瀬はそう、答えた。
《了》