何故私をおいて逝かれてしまったのですか 29:今は、ひとり 鳥がほぅほぅと鳴いていた。重みをかけた瓦がカシャンと鳴った。 世間を揺るがせた決闘が終わって幾日かが経っていた。一之瀬は屋根の上に腰を下ろしてぼんやりとしていた。 「よぉ」 声に目を向けると、同じ屋根の上を修兵が歩み寄ってきていた。 「…修兵」 「…残念、だったな」 言葉が見つからない、と修兵は謝った。敬愛してやまない隊長を、一之瀬は決闘で失った。 「…残、念」 一之瀬の目がどこかうつろなことに修兵が気付いた。 「おい、真樹」 どくん、と心臓が脈打ったのが聞こえたような気がした 一之瀬の目が見開かれていく。 「隊長」 「真樹、一体どうし」 「隊長をお探ししなくては…今日も仕事がたまって」 「待て、待てよ真樹!」 次第に大きくなる呟きの内容に修兵は一之瀬の元へ駆け寄った。 「修兵? 仕事はどうした、私は隊長を」 真顔でそう云ってのける一之瀬を修兵は抱きしめた。 「真樹、あの人はもういないだろ!」 ばっと体を離し、一之瀬の肩を掴むと揺さぶった。 「あの方は、決闘で負けて、亡くなっただろうが!」 一之瀬の目の瞳孔が開いていた。 鳶色の目が、潤んだように煌めいた。 「し、んだ?」 「そうだ、更木隊長に負けて、亡くなっただろ」 「隊長が、死んだ?」 一之瀬の肩を掴む修兵の手に力がこもる。揺さぶられるままに一之瀬の顎がかくかくと揺れた。力なく俯いた一之瀬の目が。 耐えられなくなって修兵は一之瀬を抱き寄せた。 「そうだ、亡くなったんだ、あの方は。前を見ろ、真樹。逃げるな」 抱きしめた肩が震えだした。顔を覗きこむと、ポタリと雫が何度も落ちてきた。 残酷な事実を修兵は言い続ける。 「真樹」 「――ッ…ぅ」 ぽたぽたととめどなく涙が流れ落ちる。 修兵の死覇装を掴む一之瀬の手がぶるぶると震えていた。 「死んだんだ、もう、いない」 子供がぐずるように一之瀬が頭を振る。 「た…いちょ…」 修兵の手が伸びて下顎を掴み、口付けた。触れた頬は涙に濡れていて哀れを誘った。 「もういないんだ、だから」 ――俺は卑怯だな 修兵は自嘲した。傷ついている隙につけこもうとしている己に。 一之瀬が修兵に抱きついた。抱きしめる腕が、かすかに震えていた。 「あぁあ…ッあ、ぁあ…!」 一之瀬の泣く声を修兵は黙って聞いていた。 あなたがいなくなったら私は生きていけない それほど、好きだった 抱きしめてくれた腕も口付けてくれた唇も、この体を抱いた体も。 もう、ないのだと。 今は、ひとり。 「隊長!」 一之瀬の慟哭を修兵はただ、聞いていた。 「真樹」 修兵の言葉に一之瀬の目が向いた。 涙に濡れた目が日の光で輝いて見えた。 「………」 何か言おうとした修兵の唇を、一之瀬の唇がふさいだ。 隊長は私を真樹と呼んでくださった。 代わりでもいい 修兵は舌を絡ませた。 「お前には俺がいるから」 修兵の言葉に、目を見開いたままの一之瀬はこっくりと頷いた。 「隊長を殺したのは…?」 「…更木隊長、だぜ」 ――更木 その名が、一之瀬の中に刻まれた。 鳶色の目が煌めいた。 《了》 |
今は一人になってしまったのよという一之瀬を書きたかったらしい
すいません、抽象的で(汗) 10/13/2006UP