あの時確かに、結ばれたと
24:絆の力
サァッと風の流れる音がした。荒野に男が三人立ち尽くす。
「共にこないか」
その言葉はひどく魅惑的に聞こえた。どうせもうソウルソサエティには帰れない。
「はい」
そう答えると男の顔が綻んだ。短く刈り上げられた白髪と魅惑的な紅い目。顎には一本、傷痕が線のように走っていた。
「ではいこうか」
そう云って狩矢が足を向けると後ろの古賀もそれに従う。一之瀬も慌ててそれに従った。
「名前は」
「一之瀬…一之瀬真樹、です」
隣に並ぶのは恐れ多いような気がして一歩後ろからそう答えた。
「実力はあるように見受けたんだがね。一体どうした」
「それは…」
頭の中を更木剣八のことがよぎる。
傷一つつけることの出来なかった己が。
『てめぇは蔦だ』
そう言った更木の顔が頭をよぎる。
共に理想を追い求めていた隊長は更木によって合法的に殺された。
その場で切りかかることも出来ず、先代隊長の無念を晴らすことも出来ず、己に出来ることなど何もないと出奔した。はずだった。
絶望し渇望し、死んでもよいと思っていたはずなのにこうして助けられて生きながらえている。死ぬのが、怖かった。
それを見抜いたように男に助けられている。
「貴方は…」
「狩矢神だ。よろしく頼むよ、一之瀬」
狩矢の目が楽しげに輝いている。一之瀬は後ろの男に目線を向けると、それだけで古賀はそう名乗った。
狩矢神
その名前が一之瀬の中で鮮烈に輝いた。
歩き続けてたどり着いた先は簡素な屋敷だった。
「今日の宿だ。多少汚いが勘弁してくれ」
笑いながら狩矢は一之瀬にそう言った。そしてその夜、一之瀬は体を求められた。
断る理由などなかった。
一之瀬はその晩、狩矢に抱かれた。
這いずる手の平や熱を自在に操る指先や熱く濡れた舌先が一之瀬の記憶に鮮烈に残った。
男に抱かれるのは初めてではないのにまるで初夜のように恥じらったのを覚えている。
「…あぁ」
目蓋が震えて開くと鳶色の目が覗いた。
一之瀬の頭の中にそれまで見ていた夢が鮮烈に残っていた。狩矢との出会いはそれほど鮮烈だった。
膝の上に落ちていた本が微睡みを思い出させる。
読み止しがどこだったのか全く覚えていないほど自分は深く眠っていたのだと気付く。
本を持ってページを繰る。それでも読み止しの場所はわからなかった。
「目が覚めたようだな」
響く低音に一之瀬は驚いて本を取り落とした。
振り向くと狩矢が面白そうに一之瀬を見つめていた。
「寝顔もなかなか可愛かったよ」
「狩矢様…!」
慌てて立ち上がり跪くと、それを構わないと狩矢は手で制した。
一之瀬が座っていたソファに狩矢が腰を下ろす。
「どんな夢を見ていた?」
跪いたままの一之瀬の下顎を掴んで上向かせる。一之瀬は黙ってされるがままになっている。
「昔の…狩矢様とお会いした頃の夢を見ていました」
「それは懐かしいな」
言うが早いか狩矢が一之瀬と唇を重ねた。触れてくる熱を一之瀬はただ受け入れる。
触れてくる唇は少し熱っぽく歯列をなぞる舌が魅惑的に蠢いた。
「あのときが初めてだったな」
思い出すように言って笑う狩矢に一之瀬は頷いて答えた。
「はい」
――私は貴方の為に
あの時、確かに結ばれた絆があったと
その絆を信じて私は今、此処にいる。
「また、誘いに乗ってもらうかな」
狩矢の手が一之瀬の死覇装の合わせ目へ滑り込んだ。
「はい」
一之瀬は腰紐を解きながらソファによじのぼった。
脱いだ死覇装が衣擦れの音を立てる。橙色の明かりが淫靡に燃えていた。
――あの時、結ばれた絆は
一之瀬はそっと目蓋を閉じた。
《了》