年月を経てもなお
23:変わらない想い
ギャリィッと刃の触れ合う音がして火花が散った。
修兵は目の前で自身の剣を受け止めた人物に目を疑った。彼は鞘で鳩尾をついて気絶させた馬橋を担ぐと後も見ずにかけ去って行った。
「…一之瀬」
何も変わっていなかった。彼が出奔したときからこれっぽっちも。
最初に声をかけたのは修兵だった。
短い黒髪。鳶色の目。小奇麗な顔立ち。十一番隊というには華奢な気がした。
「よぅ、…一之瀬、真樹?」
「はい」
声をかけられて一之瀬は歩を止めた。相手はあまりにも有名な彼だった。
顔を縦に走る三本の爪痕。頬に刻まれた69という数字。頬骨から鼻の上を通る線。細い目。学院時代からの鳴り物入り。
「…何か」
接点などない。用事など余計にない。
警戒心むき出しの一之瀬に修兵はさらりと言った。
「オレのこと、修兵でいいぜ。オレも真樹って呼ぶから」
一之瀬の鳶色の目が瞬いた。口がぽかんと半開きになる。
何を云っているのだこの男は。
「なぁ呼べよ、修兵って。真樹」
馴れ馴れしく肩など組んで修兵は揶揄うように言う。一之瀬は慌てて首を横に振った。
「席官を馴れ馴れしく名前でなど」
「オレ自身が許可してるからいいだろ。呼べよ」
修兵の唇が耳元でキスするように囁く。吐息が触れる。耳朶を甘く噛まれて一之瀬はついに降参した。
「…しゅ、修兵」
呼んだと思った瞬間キスされた。触れ合うだけの甘いキスだけだったがそれでも。
「何を!」
首まで真っ赤になった一之瀬の言葉に修兵は腹を抱えて笑った。
「たまんねぇ、お前、最高だぜ」
それから一之瀬は修兵の言葉にいくとどなく頭を抱えさせられた。
「よぉ、真樹」
「なぁ、真樹」
「聞いてくれよ、真樹」
「真樹」
身分違いだといっても修兵は聞かない。
「修兵、せめて人のいるところで名前を呼ぶのはやめ」
「いいだろ別に。なぁ、真樹」
触れ合う唇。幸せがかたちどるならきっとこんなかたちなのだろうと思わせた。
そんな中だった。
決闘があった。
前隊長は負けて死んで新隊長は更木剣八になった。
切りかかろうとしたところを皆に抑えられおさまったかに見えた、だが。
「修兵、私を抱く気はあるのか」
一之瀬の言葉はそれが最後だった。
「いつかな。そんなに急ぐなよ」
このときに気付くべきだった。
一之瀬は出奔した。
「聞いたか、檜佐木」
「あぁ。出奔したらしいな。一之瀬が」
「お前、一之瀬のこと」
「一之瀬は一之瀬だ。それより何か用か」
『真樹』とは呼べなくなっていた。
馴れ合っていた日々が涙が出るほど懐かしかった、惜しかった。
「…一之瀬、真樹」
刃を合わせ、立ち去った男の名を呼ぶ。
短い黒髪に鳶色の凛とした瞳。袖のない死覇装に白いフード。
変わっていなかった。
真っ直ぐ見つめてくる目も。
「取り戻してやるぜ」
修兵は人知れず呟いた。
――バウントなんかに渡せるかよ
「取り戻す」
そしていつかお前を抱こう。
《了》