後がきついの
21:優しくしないで
全力で戦った、それでも負けた。時計直撃のホームランを決められて、完敗だった。
「あ〜負けた負けたぁ!」
しんみりとした更衣室の中鵙来の声が響き渡って空気が壊れた。黙り込む雰囲気から雑談まで飛び出すように雰囲気に変わった。
「完敗やったなぁ、ヨミ」
隣で着替えていた黄泉の肩を鵙来がバシンと叩く。
「ワイはおさえられてもうてヨミは打たれてもうて、完敗やなぁ!」
「うるさい」
それでも返事を返してくれるのは親しさの現われか。
「…これでヨミともお別れやな」
鵙来の声が震えた。黄泉はあえて鵙来の方を見ることはしなかった。
「ヨミはアメリカやし、ワイはタイガースやし」
自身の血で施した化粧は禍々しい。紅い線が紋様のように顔の半分を覆い、その半分は自身の血だ。鵙来の手が黄泉の金髪を梳いた。
唇が触れ合う。潜り込んだ舌を黄泉は受け入れた。口腔内を自由に動き回るのを許し、互いの唾液が混ざり合った。
「別れのキスか」
クッと哂った黄泉に鵙来が言った。
「だってそやろ? ワイはアメリカ興味ないし、ヨミは日本に興味ないんやろ?」
泣き出しそうな声で鵙来が言う。黄泉はそれを黙って聞いた。
「別れ別れやん。そりゃ別れのキスくらい許したってや」
鵙来の腕が黄泉の腰に回って抱きしめた。
黄泉は抱きしめられるがままだ。周りの喧騒がひどく遠のくような気がした。
「こないに好きやのに」
抱きしめる腕に力がこもる。
「今言っとかへんと泣いて言えへん」
いずれ来る別れ。黄泉はアメリカへ発つ。
「鵙来」
黄泉の声が耳朶を打つ。鵙来は黙って腕の力を緩めた。
鵙来の、その秀でた額にキスをする。黄泉は黙ってキスをすると鵙来の腕を解いた。
「もういいだろう」
それ以上は。恋しくなるだけだから。黄泉の言葉に逆らうように鵙来は腕に力を込めた。
優しく髪を梳かれ、なだめるようにキスをされる。
見上げると黄泉の目が鳶色に輝いた。
「鵙来」
鵙来の緑色系の目が煌めく。涙で鵙来の目が潤んでいた。
黄泉はもう一度鵙来を抱き寄せると額にキスをした。
「ヨミ」
抱き寄せた鵙来が黄泉の体を押しのけた。
「優しゅうせんといて」
その後が辛いの。
優しくする貴方がいなくなった、後がきついんだ。
「悪い、ヨミ」
鵙来の声が確かに震えていた。
《了》