貴方と二人でした
20:守れない約束
夜の鳥がほうほうと鳴く。身軽に飛び乗った瓦がカシャンと音を立てた。
スゥと息を吸うと冷たい夜気が体中を清めていくようだった。
まるで足先で遊ぶように歩き出す。足元からは見回りやくだらない世間話が聞こえていた。
隊舎の屋根に飛び乗るとそこには先客がいた。
「おっせーよ、真樹」
「…修、兵」
誰にも言わずにきたはずだった。不審と同時に興味が湧いた。何故彼は自身の動きが判ったのだろう。
「どうして」
「この辺りで一人になれるのぁ此処だけだからな。怪我の手当ても楽だろ」
一之瀬が所属する十一番隊は各隊の中で最も乱暴なことで有名だ。その稽古も熾烈を極め、隊員は生傷が絶えないほどだ。
「手伝うぜ」
呆然としていた一之瀬を修兵は無理矢理座らせ死覇装を脱がせた。
「腕に五発、腹にニ発、背中に一発、ね」
暗闇の中でも怪我の程度を見て取った修兵が持ってきた手当て道具を広げる。
「…ッ自分で」
「できねぇだろ。背中の一発は」
言われてぐうの音もでない。一之瀬は黙って腕や腹に出来た青痣に湿布を張った。
背中にヒヤリとする感触。修兵が湿布を這ってくれたのだと判る。
「十一番隊は相変わらずだな」
「そっちこそどうなんだ、大怪我しても知らないぞ」
「そこまでドジじゃねぇよ」
言う修兵の声が明るくて一之瀬は目を瞬いた。
「今日は、どうして…」
「ホントはよ」
包帯を巻きながら修兵が困ったような声で言う。
「お前のこと、抱きにきたんだ」
ギクリ、と体がこわばる。親しい関係になればありうると判っていても実際目の前に突きつけられるとやはり違う。未知への恐怖が声を上擦らせた。
「それで」
「背中に一発くらってるし、やめた」
ほい、出来たと修兵の手が一之瀬の肩をぽんと叩く。
一之瀬は振り返って修兵に問うた。
「お前は何故私を抱かないんだ」
無理矢理手篭めにしようとしてきた輩は全部叩きのめしてきた。
そのなかでただ修兵だけは。
「怪我人抱けるかよ。それに」
修兵の指先がそっと一之瀬の頬に触れた。
「お前と、納得の上で抱きたいんだよ」
――大切にしてるから
「お前が大事だからだぜ? 感謝しろよ」
笑って言う修兵の様子に一之瀬も微笑み返した。
「判った」
「じゃあいつか、怪我が癒えたら抱いてくれ」
「約束だぜ」
そう言うと一之瀬は穏やかに微笑んだ。
「……あぁ」
夢か、と修兵が一人ごちた。
傷が癒えた頃、一之瀬は出奔した。更木には従えないといっていた。
結局、抱けずじまいだったなと思う。
あの頃は本気で恋をしていた。
一之瀬がひどく大事だったし一之瀬も修兵のことを気にかけてくれていた。
荒くれ者の多い十一番隊でやっていけるのかと思うほど華奢な体を思い出す。怪我をしては一人手当てをしていたことを思い出す。
指先の動きもその背中もその表情も何一つ忘れることなく。
「あぁ」
抱いておくんだった
そうすれば、今こんなにも焦がれずにすんだろうに
「ちくしょう」
言いながら今はいない一之瀬を思い出す。
忘れ切れていない。好きだった。
大事すぎて抱けないほどには好きだった。
「真樹」
その名を舌先で転がすと焦がれる気持ちがさらに高まって修兵は目を閉じた。
――大切だった
《了》