せめて今だけは
18:それでも一緒にいられれば
この広いホテルで出会うのが何故この男なのだろう。
片方がふぅとため息をついて肩を落としてみせる。
金髪。秀でた額。通った鼻梁、顔の半分を占有する紅い模様。いつもしているサングラスは今はしていなかッた。
「オ前ニ会ウトハ運ガナイナ」
「それはコッチの台詞だぜ!」
ため息をつけば、猿野は激昂で返事をする。
長身の体も厚みのある体格も見た瞬間、その目に灼きついた。
雉子村黄泉
実の、兄
これでも子供の頃は仲が悪いわけではなかった。
兄の壁当てを見て歓声を上げていたのは猿野本人だ。だがその壁当てが兄を奪った。
「お前には才能がある」
父は止める母の言葉などないかのように兄を連れて渡米してしまった。
慕ってやまない、兄だった。
「あれからずっとオレ達は」
握り締めた拳が震えた。噛み締めた歯がギリッと音を鳴らす。
「ヤメロ。昔ノコトナド聞キタクモナイ」
拒絶。久しぶりに顔を合わせてわいたのは慕情ではなく敵意だった。
「アンタはなんで」
「親父について行ったりしたんだ…!」
黄泉は何も言わなかった。何か言おうと唇が戦慄くのが見えたがそれだけだった。
『兄ちゃんスゲーや!』
壁当てを見せれば弟から賞賛された。父からは誉められた。
ただそれが、子供の頃は嬉しくて嬉しくて
黄泉の唇は言葉を紡ぐことなく閉じられた。
「てめぇなんか大嫌いだぜ」
「奇遇ダナ俺モダ」
言葉は無遠慮に突き刺さる。猿野の歯がギリッと音を立てた。
久しぶりに見た兄はいとおしかった。
それでも向けられる敵意に体が過敏に反応した。
いなくなった兄を何度思い出しただろう
兄がいなくて寂しい夜を何度すごしただろう
好きだった。その分だけ、憎かった。
それでも今は
「ちくしょう」
今は一緒にいるだけでいい
《了》