芽生えて育つまもなく霧散した
17:この恋の終わり
夜の闇の中をカツカツと足音が響く。手に持った袋がガサリとなった。
「…ん」
歩く先に似たような霊圧を感じて身構える。
それはぼんやりと空を見上げていた。
短い黒髪。茶褐色の目。袖のない死覇装と腰の斬魄刀。白いフードの合わせ目からは鎖骨が覗いていた。
近くにあった自動販売機の明かりで彼の端正な顔立ちが浮かび上がっていた。
「…よぅ」
袋をガサリといわせながら声をかけると一之瀬の目が向いた。
「お前は…」
斬魄刀に手をかけようとするのを、両手を顔の位置まで挙げて見せた。
「こっちは丸腰なんだぜ、勘弁しろよ」
一之瀬はしばらく逡巡していたが、斬魄刀からそっと手を放した。
「何か用か」
「ん〜、まぁ、用っつうか…」
ポケットから出した小銭を自販機へ投入する。色づくボタンの一つを押すとガコンと音を立てて缶コーヒーが落ちてきた。
「ほらよ」
一護が取り出した缶コーヒーを放る。それを一之瀬が慌てて受け取った。
再度ボタンを押して缶コーヒーを取り出すとその場にしゃがみこむ。
「座れば」
一護に隣を指し示されて一之瀬は目を瞬いた。立ったままなのもおかしいかと、一之瀬は素直に一護の横に腰を下ろした。
ぷしゅっとプルトップを空ける音が響いた。
手持ち無沙汰に缶コーヒーをいじっている一之瀬の様子にルキアを思い出した。
あいつもストローの使い方が判らなかったっけ。
「こうすんだよ」
爪先でプルトップを引っ掛けて前に引く。音を立てて飲み口が開いたのを、一之瀬は物珍しそうに見ている。
缶を受け取った一之瀬が一口、口に含む。桜色の唇。コクリと動く喉仏。
襟が開いている所為か、うなじから鎖骨へのラインがよく見えた。
コーヒーが少し苦かったのか、一之瀬がわずかに顔をしかめた。
一之瀬の手がコトリと缶を置いた。
「用はなんだ?」
一之瀬の言葉に一護の手が止まる。
「…あのさ」
一護の目がじっと一之瀬を見た。
「なんであいつに従うんだよ」
一之瀬がフッと微笑った。その様に思わず魅入られる。
言葉をつなげられない一護に代わって一之瀬が口を開いた。
「狩矢様は私に理由をくれた。だから従うまでだ」
「この世界が壊れようとしててもかよ」
「愚問だ」
一之瀬がスッと立ち上がる。
「そう言うお前は何故戦う。何故我々の邪魔をする」
一之瀬の言葉に一護がにやりと笑った。
「守りたいものがあるからに決まってんじゃねーか」
「そういうことだな」
淡く芽生えた恋心は霧散した。
「次会うときは敵だな」
「あぁ」
一之瀬は短く返事をすると微笑した。
「邪魔をしてくれるなよ」
「こっちの台詞だぜ」
立ち去る一之瀬の姿が一瞬で消える。
「ちッ」
舌打ちして一護は缶コーヒーを一気に飲み下した。
『次に会うときは敵だ』
芽生えたばかりの淡い恋は霧散して消えた。
《了》