狂おしいほど真っ直ぐで
15:その恋、狂気に似て
蝋燭が燃える音が微かにした。虫の羽音に似たその音が静まった部屋に響く。
ビットが運んでくる生きた魂魄のエキスが、グラスの中でてらてらと光っていた。そのグラスを無造作に取り上げて傾ける。光を帯びた液体が狩矢の喉の奥へと消えていく。
体の輪郭がぽぅと浮き上がるように光を帯び、それは次第に消えていく。
グラスを置いて狩矢が立ち上がると、傍らに控えていた一之瀬が身じろいだ。
「少し横になってくる」
「相手をいたしますか」
なんでもないことのように訊ねる一之瀬に狩矢が笑みを浮かべた。
「今日はいい。君もゆっくり休むといいさ」
優しげな微笑にどきりとしながら一之瀬は短く返事をすると引き下がった。
ガッシリとした体躯が廊下の闇の中へ消えていくのを一之瀬はそっと見送った。
狩矢のいた部屋を出て廊下を歩く。カツカツと響く足音が増えたことには気付いていた。与えられた部屋に入ろうとノブをひねる。扉がわずかに開いたところで伸びてきた手が一気に押し開いた。
「今日はいいのかよ」
耳元で囁かれる言葉に一之瀬は目を向ける。
蒼い宝石のような目。鮮やかな山吹色の髪。まだ若い勢いが全身からにじみ出ていた。
「馬橋君」
「アイツとはヤらなくていいんだろ? だったらオレとヤろうぜ」
直接的な言葉に一之瀬の眉が寄る。それすら面白がるように馬橋は喉を震わせて笑った。
「…私はそんな」
「そういう体のくせによォ」
拒絶の言葉は途中でさえぎられ下卑た揶揄に一之瀬の眉間のしわがさらに深まる。
「いいだろ?」
馬橋の腕が立ち尽くす一之瀬の肩を抱いた。指先は面白がるように胸をなぞり、鎖骨の間のくぼみに触れた。
「馬橋君」
その手を解こうとしたところを逆に捕らえられる。
そのまま部屋に押し込まれ、ベッドの上へ投げるように突き飛ばされた。
「何を…!」
「てめぇが」
馬橋ベッドにゆっくり歩み寄る。斬魄刀にかけた手は上から包まれるように押さえられた。
「誰を好きかなんて問題じゃねーんだよ」
吐息が触れ合うほどに近づいた距離に目を瞬く隙を狙って馬橋が口付ける。
ようやく離れた瞬間、一之瀬の腕がしなった。
バチンと派手な音を立てて馬橋を衝撃が襲う。馬橋の白い頬が赤く腫れあがる。
「冗談はほどほどにしてくれ」
濡れた唇を拭いもせずに一之瀬が言い放つ。
押し倒された状態のまま、次に見た馬橋の目がぎらついていた。
「やってくれるぜ」
一之瀬の腕を捕らえ、頭の上に固定する。そのまま無防備な唇に口付けた。
噛み付くようなキス。絡めた舌を食いちぎられそうなスリルに馬橋の昂揚感は高まっていく。濡れた音が部屋に響いた。
――欲しい
狂おしいほどに思うそれは
ただ一途に
どこか真っ直ぐで正直に
潤んだ茶褐色の目が怒りを湛えて見つめていると思うだけでゾクゾクとした。
「馬橋君」
一之瀬の声はその目と裏腹に冷静だった。
「私は君の願いに応えられない」
ギクリ、と体が止まった。
「私は」
「狩矢様のものだ」
真っ直ぐな茶褐色の目。
――あぁ、これは変えられない
瞬時に悟った。これは本気だ。真っ直ぐ、一途に。
馬橋の歯が噛み締められてギリッと音を立てた。
――こんなにも欲しているというのに
狂おしいほどに。その手におさめようと。もがいてもがいてもがいて。
それでも。
――手に、入らない?
「手に入れてやるよ」
不適に笑って馬橋は一之瀬の死覇装の襟を乱した。白いシャツをたくし上げ、現れた胸に口付けを落とす。
一之瀬は抵抗しなかった。
――それがかえって憎らしかった
もう狩矢のものなのだと。言外に言われている気がして馬橋は歯噛みした。
狂おしいほど一途に。それはまるで、そう。
――狂気にも似た
馬橋はその体を抱いた。
胸の奥の悔しさから目をそむけて。
《了》