ライバルが増えたから
不安で不安で
12:君がいないと…
キョロキョロと辺りを見回す。長身の兄のことだ、すぐ見つかると高をくくっていたがなかなか見つからない。埼玉選抜でごった返したロビーを兄を探して由太郎がさ迷い歩く。
「なぁ兄ちゃん見なかったか?」
ようやく捕まえた影州に聞くと喫茶コーナーを指差した。
「あっちにいたぜ。お前も兄ちゃん兄ちゃんてうるせーなぁ。たまにはほっといてやれよ」
「うるせぇッ! あ、あんがとな!」
教えられた喫茶コーナーへ向かう。
幼い頃からずっと一緒に野球をやってきた。一緒にやってきたのは野球だけじゃないと自負している。見てきたのは綺麗なところだけじゃない、その自負がある。
「兄ちゃ」
声をかけようとして声が途切れた。
魁はカップを片手に楽しげに談笑している。その相手は十二支の主将牛尾だ。
――何話してんだろう
わいた疑問と同時に黒々とした何かがこみ上げてくる。
楽しげに会話を交わす二人。
魁の微笑に黒黒とした何かが形を帯びた。
――オレの兄ちゃんなのに
子供染みた嫉妬心だとわかっている。
――微笑うなよ。そんな、ふうに微笑わないでよ
そんな、ふうに。
「由太郎?」
ビクリと由太郎の肩が跳ねた。
碧色の目が不思議そうに由太郎を見ている。
失礼、と牛尾に断って魁が席を立った。由太郎の方へ歩いてくる。
「由太郎? どうかしたのか」
いつもの元気のよさがないことに気付いた魁が穏やかに訊ねる。
「兄ちゃん」
由太郎が魁にガバリと抱きついた。抱きつく腕に力がこもる。
「由太郎、どうしたというのだ…少々苦しいのだが」
それでもさせるがままにさせる魁の優しさに由太郎はさらに惨めになった気がした。
「兄ちゃん」
魁の手がそっと由太郎の髪を梳く。
「どうした? らしくないぞ」
笑いを含んだ声に忘れかけていた羞恥が湧き上がる。
「兄ちゃんの球はオレが受けるから」
「そうだな」
なだめるように頭をなでる手が心地好い。
「だからここにいてくれよぉ」
由太郎の視界がジワリと滲んだ。
この腕の中から。
この場所から。
オレのそばから。
――いなくなったりしないで
魁の顔がフッと緩む。抱きついたまま顔を上げない弟の頭を撫でながら言い聞かせるように穏やかに言う。
「拙者はどこにも行かぬよ」
「ホントか?!」
ばっと上げられた由太郎の目が潤んでいて魁は微笑んだまま頷いた。
「ならいいんだ…ただ」
由太郎がぎゅっと魁に抱きついた。
いろんなキャッチャーが出てきたから
兄ちゃんの球を受けるのはオレだけじゃなくなってきたから
不安で
不安で
確信が欲しくて
「案ずるな」
クシャ、と髪をかき混ぜられる。
「拙者の球を取り続けるのはお前だ」
みるみる由太郎の表情が変化する。
いつもの明るい表情に戻ってへヘッと目を拭った。
「やっぱ兄ちゃん、大好きだ」
今度は魁が赤面する番だった。
「由太郎…!」
「ありがとなッ」
腕が伸びて顔の顔を捕らえた。背伸びした由太郎の唇が、フワリと触れた。
由太郎の腕がするりと解けて人ごみへ消えていく。
「由太郎…」
後には赤面した魁が残された。
震える指先が触れ合った唇に触れる。
余韻を振り払おうとぶるぶると頭を振って魁は喫茶コーナーへ戻っていった。
あなたがいないとさみしくて
だから少しだけ
不安を払拭させて
《了》