判っているだけじゃどうしようもない
11:愛することは出来なかった。
練習を終え、トンボかけをしていた牛尾の元に少年が駆け寄った。小柄な体と頭に被った帽子のふわふわが可愛らしい。普段から明るく笑顔しか見せないような兎丸がなんだか今日は神妙な顔をしていた。
「兎丸君?」
トンボかけの手を休めて訊ねると、兎丸がきっと牛尾を見上げた。
大きな目が潤んだように煌めいている。
「キャプテン…アイツと付き合ってるってホント」
「アイツ?」
「アイツだよ! 華武の御柳芭唐!」
まだ甲高い声が名前を呼ぶ。
「それは」
「付き合っちゃワリーのかよ」
牛尾の言葉をさえぎるように声がかけられた。
兎丸の目がギロリと御柳を睨む。
「あんたには訊いてないよ」
「兎丸君」
敵意むき出しの様子に、牛尾が慌ててとりなそうとする。
御柳の口元でフーセンガムがプゥッと膨らんでぱちんと割れた。
「着替えてきたらどうっすか。もう皆いませんけど」
気付けば牛尾と兎丸以外に人気はなく空の夕闇も夜に変わりかけていた。
「行こう、キャプテン」
兎丸の手が牛尾を引っ張る。
その顔は俯いたままで表情が見えない。
「兎丸君」
「待ってますからね〜」
茶化すような言葉に兎丸の拳がギリッとなった。
「キャプテン」
人気のない部室で着替えながら兎丸が口を開いた。
「なんで、あいつなの」
牛尾の手がふと、止まった。
「さぁ…どうしてだろうね」
兎丸の大きな目がじっと牛尾を見つめていた。
「付き合うなら、華武の主将だと思ってた」
――だから諦めようとしていたのに
「はは…屑桐は僕を受け入れてはくれないよ」
そういう牛尾の表情が泣き笑いのようで兎丸は何も言えなくなってしまった。
「ずるいや」
兎丸は荷物を鞄に乱暴に突っ込むと部室を出た。
諦めようとしてたのに
しょうがないと思ってたのに
なのに
「ひどいよ」
部室をでたところで手持ち無沙汰に牛尾を待つ御柳と鉢合わせた。
「話は終わったのかよ」
揶揄を含んだその言い方に兎丸が怒りを湛えた目で睨みつける。
「言っとくけど、キャプテンのこと泣かせたら絶対許さないから」
「オー怖い」
御柳の口角がつり上がって笑いをかたちどった。
「でもお前にそんなこと言う権利あんのかよ?」
「うるさい!」
唇が白くなるほど噛み締めた兎丸が叫ぶ。
叫ぶと同時に兎丸は後も見ずに駆け出した。
判ってる、判ってる判ってる
目の前の視界がじんわりとにじんで兎丸は目を拭った。
「あれ、兎丸君は」
「あ〜先帰りましたけど」
しれっと言い放つ御柳に牛尾がそっとため息をついた。
膨らむフーセンガムは次第に大きさを増し、ぱちんとはじける。
「兎丸君、大丈夫かな」
「そんな余裕あるんすか」
御柳の顔が悪戯っぽく笑う。牛尾がフッと吐息と共に笑った。
「ないよ」
――屑桐
互いに手の届かないものを目指して
判っている、ただの傷の舐めあいだと
だからこそ
愛することは出来なかった
「ごめん、兎丸君」
牛尾は消え入りそうな声で呟いた。
《了》