それでも、それでも


   07:愛したまま、さようなら。

 「どこだろう」
言いながら頭では別のことを考えている。心当たりはそう多くもなく、彼の人となりを知ると自負するからには自信もあった。固いノブをひねると、少し立て付けの悪くなった扉が音を立てて開いた。
 途端に激しい風が吹き付けて、檸檬色の髪を跳ね上げた。
「うわ…」
扉を閉めると風の渦はおさまって穏やかなそよ風になる。ニ・三歩前へ進んで人影がないことに失望する。
「ここじゃないのかな」
そう呟いて振り向くと、コンクリートの上に影が伸びているのを見つけた。
「屑桐」
名前を呼ぶ。反応がないことに不審を感じて、背をもたれさせて座っている屑桐の元へかがみ込む。
 痛々しい包帯。顔の半分を覆うその傷を思い出す。まだ取れない包帯が、その生々しさを伝えている気がした。彼のルビーのように紅く綺麗な目は輝きを取り戻すだろうかなどと考えてしまう。ピンピンと毛先の跳ねた黒髪をそっと梳く。
それでも目覚めないほどに彼は疲れて眠っているのかと思うと少し胸が痛んだ。

『もう構うな』

屑桐の放った拒絶の言葉がこだました。
 言葉の通り、屑桐はバイトを増やしたようで放課後はほとんど捕まらなくなった。
話し合いたいと思っても物理的に時間がないようでもあり、牛尾は散々声をかけそびれていた。屑桐の顔を覆う包帯と自身の両手を覆う包帯とを見比べる。傷の重傷度は比べるべくもない。医者を紹介しようかとも思ったのだが、そう言うとさらに怒られるような気がして牛尾は言い出せなかった。
 「やっぱり、好きだな」
屑桐の顔の半分が焼けてもなおそう思った。むしろその思いは強くなったと言ってもいいかもしれない。ろくに手入れもしていない黒髪もルビーのような紅い目も、何もかもがいとおしかった。
隻眼の、包帯をしていないほうの頬にそっと触れる。
「屑桐」
意識するまもなく体が動いていた。重心を傾け、近づいた唇を重ねる。触れるだけの甘い口付けは少し長く続いた。
 牛尾はそっと目を開ける。その目が見る見る見開かれて重なっていた唇は素早く離れた。
「屑桐」
閉じた目蓋の縁、盛り上がった水滴がツゥと一筋流れ落ちていた。

「ごめん」

聞こえるか聞こえないかの声で呟いて牛尾は立ち上がった。檸檬色の髪が穏やかな風にそよぐ。牛尾はそのまま後も見ずに駆け出した。
屋上へと続く扉をバタリと閉めて、その場にズルズルとへたり込んだ。
 「どうして」
前髪をかき上げた手がくしゃりと髪を握りつぶす。
こんなにも。こんなにも好きなのに。
否。

――ただ逃げているだけだと判っていた

屑桐が忙しいのをいいことに。顔を合わせる時間がないのをいいことに。
「屑桐…ッ」
涙が溢れて仕方なかった。牛尾はしゃくりあげながら目元を拭った。


 閉じていた目蓋がそっと開いていく。その視界がジワリと滲んで自身が涙していたことを知る。指先が震えながら唇に触れる。
ついさっきまで、触れていた熱を思い出す。やわらかく暖かく、触れるだけの甘いキス。

――好きだけじゃどうしようもないこともある

言い訳だと知りながらすがりつく。
 甘いキスも優しい抱擁も自身には届かないのだと言い聞かせてどのくらいになるだろう。
忙しい時間の合間を縫うようにして思い出す顔はいつも。
口付けられて、涙が止まらなかった。情けないと思いつつも涙が溢れた。
頬に触れた包帯の感触。自身には遠いものだと言い聞かせて。

それでも

屑桐はそっと目蓋を閉じた。
 温いコンクリートの温度が肌に馴染む。頬をこすりつけるようにして、食いしばる歯の隙間から声が漏れた。唸り声のようなすすり泣きのようなその声は強くなっていった。
「く、ぅう…ッ」

それでも

好きです。さようなら。

噛み締めた唇から一筋、紅い雫が流れ落ちた。


《了》

オチてるんだかオチてないんだか。
思いつくままに書きなぐった牛屑です(本能のままに!←やめろ)
本能のままに書いてこのオチってどうなの自分(ツッコミ)            07/14/2006UP

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