本当に?
04:貴方がのこしてくれたもの
街道沿いにある街中を誰もつれずに歩いていた。珍しく一人きりになれてライセは息をついた。皆といるのが息苦しいわけではないが一人旅が長かった所為かフッと息をつきたくなる。すれ違う人々の群れやざわめきに目を閉じる。
壁際によって足を止める。繁華街特有のざわめきと人の気配がライセの体を包み込んだ。
「――ッ!」
キィィンという耳鳴りのような音。震える腰のカルパ=タルーが存在を教えていた。
目を見開いて辺りを見回す。頭の中で消そうとしても消えない顔が。存在が。
背筋を駆け上がる、悪寒とは違う感覚。
見開いた目が人ごみの中、彼を見つけ出した。
白銀の髪に黒いコート。眇められたような目は灰色でその肌は雪のように白い。
同じくらいの背丈で音もなく歩く。
人ごみを避けて人気のない路地へ曲がる、その背中が。
「――シコウッ!」
ライセの叫び声に足が止まった。振り向いた顔が一瞬驚きに目を瞬いたがすぐに、いつもどおりの薄い笑みを浮かべた。
「やぁ、ライセ」
駆け寄るライセの足が止まる。そよぐ風がシコウの髪をなびかせライセの頬を撫でていった。汗がライセの頬を伝って落ちる。
「どうしたんだい? 僕は君に会えて嬉しいよ」
シコウが手を伸ばしてライセの頬に触れる。白い指先が撫でるようにして離れていった。
ざわめきが遠のいた。
クレハやタヅマさんの前にも現れた。自分の前に現れない理由はなかった。けれど。
信じられない
捜し求めた人物が目の前にいる。薄く笑みを浮かべて、手を伸ばせば届く位置にいる。
「好きだよ、ライセ」
焦がれた、言葉が
にっこりとシコウが笑った。身構えたままの様子にシコウは軽く息をつくと手を下ろした。
「何か怖いことでもあるのかい」
「本当に」
シコウの言葉をさえぎってライセが口を開いた。
「本当に好きなのか?」
ほとばしるように叫んだ言葉にシコウはクスリと笑う。紅い唇が弓なりになった。
「好きだよ?」
「うそつけッ!」
反射的に叫んで噛み付くライセの様子にシコウはやれやれと肩を上下させた。
「本当だよ」
僕は信用がないのかなとわざとらしく呟いてみせる。それでもライセは構えを解かない。
「ライセ」
シコウが一歩近づくとライセの体がビクリと跳ね上がった。
ライセが後退る前にシコウの手がライセの顎を捕まえる。意識するまもなく二人の唇が重なった。
やわらかい感触と生きている証であるほのかな熱。
ライセの目が驚きに見開かれていく。離れていくシコウの舌がライセの唇をぺろりと舐めた。呆然としているライセにシコウがゆっくりと口を開いた。
「これで信じてもらえたかな?」
「ライセ?」
固まったまま動かないライセの様子にシコウが首を傾げた。
「ライセ」
ひょいとシコウがライセの顔を覗きこむ。
思った以上に近づいた距離に、我に返ったライセが思い切り仰け反った。
「…ッ!」
「どうしたんだい」
シコウの目がパチパチと瞬かれる。フワリと、シコウの香りが鼻孔をついた気がしてライセは思い切りフイと顔をそらせた。
「別に…ッ」
「そう」
ふっと気配が消えてライセが視線を戻すとそこには誰もいなかった。
「シコウ…?」
思わず後ろを振り返って誰もいないことを確かめる。
指先が重なった唇に触れた。まだシコウの体温が残っているような気がして触れる指先が震えた。
「…シコウ」
本人を前にすると途端に呼べなくなる名前を呟く。
――貴方が残してくれるもの
「…クソッ」
――それは疑惑です
ライセは頬が火照るのを感じた。触れる頬や耳が熱い。
赤面しているだろうことは簡単に知れた。
本当に好きですか?
ライセは小さく毒づくと人ごみの中へかえって行った。
《了》