いつかは覚める、それでも
03:夢見るように
呼び集められた屋敷の中、与えられた一室で馬橋はぼんやりと外を眺めていた。
戯れに召喚した自身のドールはふわふわと辺りに浮いている。
「何か御用はございませんか?」
かん高いその声に今はいいと頭を振るとドールは黙った。
明かりもつけない部屋の中で馬橋の鮮やかな山吹色の髪が浮き上がって見える。
頭の中を占めるのは呼び集められた連中の中でも異色の死神、一之瀬だ。
端正な顔立ちと短い黒髪。茶褐色の瞳はいつも狩矢を見つめていた。
――遅かった
その思いにいつも舌打ちしたくなる。
諦めようとしても目の前をうろうろされてはそれもままならない。
それでいて狩矢本人は一之瀬を特に束縛していないのだから始末に終えない。
――生殺しって、ヤツ
いくらもう人のものなのだと思っても、目の前を自由に動き回られては決心も鈍る。
もっと早くに知り合っていればと、仮定の想像をしてはその無意味さにため息が出た。
「馬橋君」
穏やかで落ち着いた声に心臓が跳ね上がる。暗い部屋の明かりをぱちりとつけて闇を払拭する。振り向いた馬橋に一之瀬は戸惑ったような笑みを見せた。
「部屋の明かりもつけないで…どうしたんだ?」
穏やかな物腰に付け入る隙はいくらでもあるのだと思うと自己嫌悪する。
「…アンタには関係ねぇよ」
「一人で何をしているのかと思ったから」
冷たく突き放しても優しげな言葉をかけてくる。これが無意識の産物なのだとすると一之瀬を呪いたくなった。
「…ヒマなのかよ」
「そうかもしれない」
嫌味すら受け流されて馬橋にはもうどうすることも出来ない。睨みつけても困ったような笑みが返るだけで一向に退出しようとしない態度に腹立ちすら覚えた。
「オレに何の用だよ」
敵意すら滲ませても一之瀬は端正な顔に困ったような笑みを浮かべるだけだ。
「別に…ただ、気になったものだから」
「おせっかいって言うんじゃねぇの、そういうの」
苛立ち。目の前をチョロチョロと。
「かもしれない」
壊してやりたかった。
「リズ」
「はい♪」
甲高い声と指を弾く音。面食らった一之瀬の胸にリズが飛び込んだ。胸の辺りで花が開くように裾が広がる。驚いた一之瀬の顔にわずかな罪悪感が残った。
「脱げよ」
「馬橋く…」
戸惑ったような一之瀬の声とは別に、一之瀬の体を支配したリズが動く。
一之瀬の手が腰紐を解く。ガシャリと落ちる斬魄刀と袴の落ちる衣擦れの音が閉めきられた部屋にこだました。戸惑ったような、それでいてまだ馬橋を信じている一之瀬の視線を振り切るように馬橋は命令を下す。
「全部だぜ」
一之瀬の手が自らの襟を乱し、白いフードのついたシャツを脱ぎ捨てる。
引き締まった体躯が部屋の明かりに照らされた。
「馬橋、くん…」
怯えたような戸惑ったような声を無視して馬橋はベッドを指差した。
「誘ってみせろよォ」
クックッと笑って言うと一之瀬の体がベッドへ上がる。リズの支配は完璧で一之瀬は指先ひとつ動かすこともままならない。
「馬橋君」
戸惑ったように名前を呼ぶ一之瀬を振り切ってベッドに飛び乗ると、脚の間に顔をうずめた。
「リズ、ヤリやすいようにしろ」
「はい♪」
甲高い返事と同時に脚がカパッと開かれる。
「馬橋くん!」
羞恥に紅く染まった一之瀬の顔が見えた。
一之瀬はこんな自分をどう思うだろう
浮かんだ考えを振り払うように馬橋は舌を這わせた。
優しいあんたが悪いんだ。
――まるで悪夢だ
夢でも見ているならどんなにか救われるだろう
夢ならいつかは覚めることが出来る。
――夢なら
夢でもいい。
オレを覚えていてくれるなら
夢でもいい
いつかは覚める夢、それでも
――俺を覚えていてくれるなら
馬橋は伸び上がって一之瀬に口付けを落とした。
《了》