ねぇ少しでいいから気付いて
02:君に捧げる、この想い
急に感じた人の気配に跳ね起きると人影がビクリと跳ねた。
「誰だ」
「オレです、オレ」
誰何した声に茶化したような声が返る。聞いたことのある声に消えかけていた明かりを灯すとタヅマの顔が浮かび上がった。両手の顔の位置まで挙げているがその手にはビンと小さな器が二つ握られていた。
「何の用だてめぇ」
自分の前方を歩いて旅していた彼らとは仲が良い訳ではけしてない。感じるのは警戒心とほのかな敵意だけだ。
「たまには飲むかと思ってよ。一緒にどう、て」
そう云って掲げて見せたのは酒瓶らしかった。
「ライセと飲めばいいだろ」
今は眠っているのだろう蒼い髪の少年の名を上げる。自身が追い求めてきた名を呼ぶと、タヅマの表情が微妙に翳った気がした。それを見るとなんだか胸の奥ッ側に違和感を一瞬覚えた。それが何か判る前にタヅマの口が開いた。
「アイツ、アレで結構かたくってね。飲まないんだよ。一人で飲むのも寂しいじゃん」
お兄さん一人になっちゃう、と茶化す言葉尻が寂しげだ。
「大丈夫、お前置いて行ったりしねーからさ。飲もうぜ」
ハクロウが後をついてきているのを承知で云っているのだと判った。
「…座れ」
上掛け代わりにしていた上着をのけて言うとタヅマが全開の笑顔を見せた。
「悪いね〜」
手際よくコップを置いて瓶を傾ける。ほのかに香るのは確かに酒の匂いで飲みたいというのは本当だったらしいとハクロウは思った。
「たまに飲みたくなるんだよね〜」
気分良く言いながらコップを空ける様子にハクロウも口をつける。
味も悪くなく、久しぶりの酒にハクロウもコップを空けた。
二人で黙って飲んでいると夜の静けさが満ちてきた。ふと気付けばタヅマの視線が真っ直ぐ向けられていてハクロウは目を瞬いた。
明るい赤茶色の髪。うなじの辺りの髪は元気良くピンピンと跳ねている。髪と同じ色をした目は少し垂れ気味だ。いつもの茶化すような雰囲気が消えると意外と整った顔立ちをしているのだと判る。その目が真っ直ぐに自身を見ていた。
「おい」
声をかけると驚いたように見開かれていく。
「え、あ」
途端に歯切れ悪く何か言ったと思うと誤魔化すようにタヅマがコップを仰いだ。
「なんだよ」
先刻の凝視はなんだったのかと問い詰めようとするのをタヅマがへらっと笑ってかわした。
「気にすんな色男」
「ぶん殴るぞ」
凄んでみせても酒の席ではいまいち迫力がない。案の定タヅマはへらへら笑ってハクロウの肩を叩いた。
「気にすんなって」
タヅマの態度にハクロウはケッと吐き捨ててコップを仰ぐ。口の端から溢れた雫が一筋、顎から喉へ伝う様子にタヅマはどきりとした。誤魔化すように杯を仰ぐ。
コクリと動く喉仏から目が離せない。精悍な顔立ち。鋭い目付きは今は酒の所為か少しとろんとしている。紅い目。魅入りそうになる。
――こんなにハマるなんてな
パチッと勢いを取り戻した火がはぜた。橙の明かりがハクロウの肌を舐める。
開いた襟から胸元へ目が泳ぐ。浮き上がった鎖骨に生唾を飲み込みそうになってコップを空ける。
「なぁ、お前」
タヅマの言葉にハクロウの目が向いた。紅い瞳が焚き火の色に煌めいた。
オレのことどう思ってる?
――怖くて、訊けない
「悪い、なんでも――」
そこでタヅマの言葉が途切れた。飲み込まれた言葉が喉の奥へ消えていく。触れ合った唇は酒の所為か、ほのかに熱っぽかった。離れていく唇がタヅマの下唇を甘く噛んだ。
「ハクロウ――」
「今だけだ」
照れたように言うハクロウの頬が赤くて、タヅマの顔が綻んだ。
「今だけなんて言うなよ」
ハクロウの顎を捕らえて噛み付くように口付けた。歯列をなぞり舌を絡めて吸い上げる。
混じりあった唾液が口の端から溢れて筋を作るのをぼんやりと見ていた。
「…ッは」
離れた唇、舌先を銀糸が繋いだ。
「…アホか」
毒づいたハクロウににやっと笑い返してタヅマが言った。
「好きだぜ」
「酔っ払いが」
つれない返事にタヅマは腹を抱えて笑った。
《了》