理由をくれた貴方の為に
01:貴方の為に生きてゆく
砂まじりの風が頬をなぶる。乾燥しきった空気が体の水分を奪っていくような錯覚すら覚えた。一歩足を進めるたびに砂の乾いた音がする。
体を覆うように纏った上着の裾が風を孕んで膨れ上がる。
――私はどうすればいいだろう
慕っていた隊長はもういない。新しく隊長となった男にはついに従えず出奔までした。
ただ自身だけが宙ぶらりんのまま浮いているような気がした。
ざわめきはただ遠く、遭遇してしまった虚にも自身の力を出しきれなかった。
その目の前に現れ出でた背中にただ驚きを覚える。
このまま負けて倒れるかと思われた自身を、彼は確かに引き上げた。
それは衝撃としか言いようがなく
呆然としている一之瀬を、彼は自身の屋敷へと招きいれてくれた。
「汚いところだが勘弁してくれ」
うっすらほこりを被っている調度品の類を指し示して仕方なさそうに笑った。
「いえ…」
自身が砂埃まみれなのを思い出して控えめにそう言うと彼は穏やかに微笑んだ。
「君は面白いな」
狩矢の指先が一之瀬の下顎を捕らえて上向かせる。
「その力…死神か」
「…そうです」
否定も隠すこともせず、一之瀬は答えた。隠したところで利益があるとも思えなかったし、意味もないように思えた。
それを聞いた狩矢の言葉は一之瀬に疑念を抱かせるには十分だった。
「私の力になって欲しい」
組織からはぐれた歯車に何の用があるだろう。疑いに言葉を飲み込んだ一之瀬を知ってか知らずか、狩矢はさらに言葉を紡いだ。
「私には目指すものがあるのだよ」
そう言う狩矢の目は子供のように輝いているように、一之瀬には見えた。
紅いルビーが輝くように狩矢の目が煌めいた。
その奥底に蠢くものを探り出そうとして一之瀬はそれをやめた。
――あぁ、必要とされている
うわべだけでも、それは甘美な
自信ありげに言い切る狩矢をじっと見つめる。
白い髪は部屋の明かり色に染まっている。紅い目は輝きを増し、まるで宝石のルビーのようだと思わせた。ロングコートを優雅に着こなし、顎には何があったのか傷が残っている。
自身を振り返っても、狩矢には一之瀬を騙して得することなどないように思えた。
――私は生きていける
新しく隊長となった男の言葉がよみがえった。
『お前は蔦だ』
――蔦でもいい
寄り添う大樹を自身は求めていたのだろうか
一之瀬は躊躇せず、口を開いた。
「判りました」
「あなたに」
一瞬、いなくなった隊長の顔が脳裏をよぎる。それを振り払って一之瀬は言葉を紡いだ。
「従います」
一之瀬の言葉に、狩矢の顔が満足げに微笑んだ。
「ありがとう」
穏やかな言葉尻に後戻りは出来ないといわれた気がした。
それでも
「いいえ」
――後悔など、しない
――私はこの男についてゆく
貴方の為に生きてゆく
理由はそれだけで十分だった
《了》