雨に独りで
28:雨の夜
微かだった音が次第に大きくなって初めて目を向けた。
窓の外を見れば、薄い闇がさらに濃い闇に塗り替えられていくように辺りが濡れていく。
「どうした」
窓の外を見たまま動かない一護の様子に恋次が声をかけた。
「…雨だ」
恋次が無遠慮に窓のそばへ行って覗き込む。夜闇では雨かどうかよく判らず恋次の手ががらりと窓を開け放った。
ヒヤリと冷たい空気が情事の後の気怠い空気を引き締める。いささか肌の露出した格好には肌寒く、恋次は慌てて窓を閉めた。
「つめてーな…雨かよ」
それでも動かない一護に不審を感じて恋次は一護の顔を覗きこんだ。
「どうしたんだよ」
「…なんでもねぇよ」
そう言いながら一護の眉間のしわはいっそう深くなっている。つられて恋次までもが眉間にしわを寄せた。
「何でもねー感じじゃねぇぞテメェ」
「…なんでもねぇよ」
俯く一護の顔を両側からバシッと挟んで上を向かせる。
「イテェ! テメーなにしやが」
そこで言葉を飲み込む。触れあう唇はまだ熱く、さっきまでの名残を感じさせた。
触れ合うだけの優しい接触の後、恋次の舌先が一護の下唇をぺろっと舐める。
「言ってみろって」
恋次がのそりとベッドに上がり、一護の体をゆっくりと押し倒した。
裸の肩を掴んでいた手が一護の頬を優しく撫でる。一護の唇が震え、声が遠慮がちに切り出した。恋次は黙ってそれを待つ。
「雨の日に…失くしたことがあんだよ」
なにを、とはあえて言わなかった。
もう何度後悔しただろう。
もう何度思い出しただろう。
あの雨の日にオレは。
雨のたび、何かをなくしそうで怯えていた
後悔が顔を歪ませ茶色の目が潤んだように煌めいた。恋次は黙って指先を動かす。
指の腹が優しく、一護の唇を撫でた。
「バーカ、俺はいなくなったりしねぇぜ」
一護の目が見る見る見開かれていく。恋次は肩を震わせて笑うと一護の隣にドサリと体を投げ出した。一人用のベッドが二人分の重みに軋む。
「恋次」
「ガキが考え込むんじゃねぇよ」
恋次の腕が一護を抱きしめた。
「恋次…」
一護が猫のように顔を摺り寄せる。体に施された刺青を指でたどるとくすぐったそうに恋次が体を震わせた。
「ガキなんだからまず行動だろがよ」
大きな手が髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。思わず潤みそうになるのを振り払って、一護が恋次の髪を引っ張った。
「ガキガキ、うるせぇよ」
「テメーなんか俺から見ればまだガキだぜ」
長い恋次の髪が一護の指に絡む。鮮やかな緋色は明かりのついてない部屋でも紅く見えた。
一護は上を向くとついばむようにキスをする。
「ガキ扱いすんなよ」
体中を這い出した手に恋次が泡を食ったように離れようとする。それを止めようと体を反転させて上から覆いかぶさると恋次が喚き出した。
「テメェまだやんのか!」
「ガキだからな。若いんだよッ」
「馬鹿野郎ー!」
――もう独りで濡れなくてもいい
笑いながら一護は恋次の叫び声を止めるべく唇を重ねた。
《了》