どろどろとした
そんなものすら呑み込んでしまう感情
26:闇
夜闇の中で立ち尽くす。虚が消えるときの音はどこか雨音に似ていると、ふと思った。
虚だった欠片がぱらぱらと煌めいては消えていく。
「ん…」
気付くと感じたことのある霊圧に顔を上げる。
気付けばいくつかの屋根を蹴っていた。たどり着いた先の緋色に目を細める。
灼きつくような紅い髪は頭のてっぺんで一つにくくられている。上背のある体躯は漆黒の死覇装に包まれている。特徴的な刺青は額を覆う手拭で見えない。
「恋次」
名前を呼べば紅い目がキョロリと向いた。
「なんだテメェか」
言いながら慣れた手つきで刀を納める。カチャンと乾いた音がした。
「虚退治か」
「テメェこそ」
「めずらしいな」
恋次が副隊長だったことを思い出して言うと「まぁな」と言葉が返ってきた。
「この程度で隊長引っ張り出すわけにいかねーよ」
あの顔立ちが恐ろしく整った隊長を思い出す。
ざわりとした。
恋次は六番隊の副隊長だ。隊長のことが言葉の端々にのぼるのは当然でもあると思うのだが、なんだか心の中がざわざわとしておさまらない。
「隊長だったらもっと早くカタついてたかもな」
その言葉にざわざわが収まらない。それどころかさらに程度が酷くなっていくような気さえした。紅い目が尊敬と親しみと湛えていることに気付く。
ざらりとする感触。
「…どうした?」
突然黙り込んでしまった一護の様子を不審に思って恋次が覗き込んだ。思いのほか近い顔の位置に一護の肩がビクリと跳ねる。
「な、なんでもねぇよ!」
「変な奴だな…」
それでも不思議そうな恋次の顔をグイと押しのける。
ざわりとした正体がなんだか気付いた一護は決まり悪く眼を泳がせた。その様子に恋次はさらに不審そうな顔をする。
「なぁ、お前って…」
顔を押しのけた手を払われながら、気まずさに負けて一護が口を開いた。
恋次は黙って言葉を受けている。
「白哉のこと名前で呼んだりすんのか?」
「…テメェ本当にどうかしたのか?」
その内容に恋次がマジマジと一護の顔を見つめた。
「うるせぇ!」
言われるまでもなくしくじったと悟った一護が怒鳴る。夜闇の中でも判るほど赤面して怒鳴る様子に、恋次がニヤリと笑った。
「気になんのか?」
「畜生、やっぱいい!」
立ち去ろうとする腕を捕まえられて一護が恋次を睨みつける。それすら楽しそうに恋次はニヤニヤと笑って腕を放さない。
「はな…!」
「呼ばねぇよ」
離せと怒鳴る言葉が途中で飲み込まれた。恋次の言葉に、一護は体の奥のトゲが融けていくのが判った。すぅっと消えていく塊。闇を払拭する光のようなそれは。
「隊長は隊長だ。名前で呼んだりしねぇよ」
それだけで広がっていく安心感を忌々しく思いながら一護はもがくのをやめた。
「安心したろ」
悪戯っぽく笑って恋次が腕を離す。
なんだか釈然としないものを感じながらも安心したのは事実で。
「ちくしょう…」
いいように扱われている苛立たしさに一護は舌打ちした。
「…惚れた弱みってやつか」
思わず呟いた一言にため息まで出た。
一気に脱力する一護を恋次は訳が判らないといった顔で見ている。
「あん?」
「なんでもねぇよ」
返事をした一護がバリバリと頭をかく。
こんなこと
悔しいから教えてやらない
《了》