価値観が違えど
25:美しいもの
黙って歩く先に目的がいればいいがと思う。執務室にも顔を見せず、あいつは何をしているのだとひとりごちる。いくつかの心当たりを当たった後ともなれば機嫌も多少なりとも悪くなった。
襟巻きをひるがえして歩く足が次第に速くなっていることには気付かない振りをする。
心当たりもこれが最後だと目的の自室を目指して早足で歩いていた。
ついた部屋の前で間をおかずにノックをするが返事がない。
「失礼」
声をかけてがらりと開けば、目的がすっかりと眠りこけていた。
「恋次」
返事はない。自室なのだから別に眠りこけていようが構わないはずなのだが。
軽くいびきまでかいて熟睡している恋次の元へ白哉は屈みこんだ。
「恋次」
名前を耳元で呼ぶがうるさげに手を振られて押し黙る。
鮮やかな緋色の髪。首筋にうねる刺青は体中に及んでいると知っている。眉と一体化した特徴的な刺青は、今は手拭に覆われて見えなかった。
自分より高い身長も今は意味がない。首筋の刺青を戯れに指先でなぞってみた。
「…ッん」
ぴくぴくと体を震わせる様子に思わず笑みが浮かぶ。
白哉の指先が刺青を伝って覗いていた鎖骨へ伸びる。男らしいガッシリとした体躯が、この指先一つで震えているのかと思うとたまらなく嬉しかった。
「恋次」
耳元で吐息のように囁くと眉がよる。閉じられた目蓋の奥の目は紅だと知っている。
結い紐をそっと解くと、緋色の髪がばらばらとあたりに散った。
長い髪だ。
鮮やかな緋色を一房つまむが本人は一向に起きる気配がない。
長い髪を多少手持ち無沙汰にもてあそぶ。
鮮やかな赤は白哉の白い手の中でよく映えた。ろくに手入れもしていないだろうに、その紅い色は艶やかに明かりを反射した。
――美しいものだ
白哉はそう思いながら髪をつんと引っ張った。
己の無愛想な黒とは違う髪の色。女ではあるまいしうらやましいとは思わないが、綺麗だとは思った。
「…ん」
短く呻いたと思うと恋次の目蓋がぴくぴくと震えた。うっすらと開く目が白哉を徐々に認識していく。
「…たいちょ」
「そうだ」
大型犬が寝ぼけているようだと白哉は笑みを深めたが、恋次の方は慌てて気付いた。
「隊長?!」
ガバリと跳ね起きる様子までもがいとおしい。途端に目の前にかかる紅い髪に、恋次は戸惑ったようにそれをかき上げた。
「あー…っと、どうしたんすか」
「いや、なんでもないのだが」
不思議そうな顔をする恋次に白哉は微笑んだ。
「顔が見たくなった」
恋次の顔が見る見る赤くなる。
その様子を愛しく思いながら白哉はそれをおくびにも出さない。
「寝てても構わんが」
「起きますよ! つか起こしてください!」
鮮やかな紅色の髪を振り乱して言う様子に白哉は耐え切れずに口元を緩めた。
「恋次」
「なん」
言葉は途中で二人の口腔に呑み込まれた。
重なった唇の感触に恋次は身動きすら取れなかった。
「…愛い奴だな」
満足げに白哉が言うのを恋次は黙って聞いていた。触れ合うだけの唇がそっと離れていく。
「…なんなんすか」
白哉の白い指先が紅い髪をもてあそぶ。
黙って好きにさせていた恋次が拗ねたようにそう言うと、白哉は驚いたように目を瞬いた。
「不快か」
「そういう訳じゃないすっけど…」
白哉の口角がつりあがって笑いをかたちどる。
「美しい色だな」
恋次の紅い目がチロリと白哉を窺い見た。
「俺から見れば、あんたの方がよっぽど綺麗ですよ」
伸びた恋次の手が白哉の胸倉を掴む。意識するまもなく引き寄せられた白哉の唇と恋次の唇がそっと重なった。
《了》