安心して眠れる?
22:褥
「ん?」
階段を上がったルシードが小首を傾げた。
階段の突き当たりにあるスペースはテレビや雑誌が置いてあって皆が集まれるようになっている。今はちょうど皆訓練に精を出す時間帯の所為か、そこには一人しかいなかった。
長い茶髪に長身。
ソファの背に体重をかけて座っている。テレビは娯楽番組を垂れ流していて少し騒々しい。
「ゼファー」
身動きもせず少し不思議な空気にルシードはゆっくり歩み寄って顔を覗きこんだ。
暗緑色の目は閉じられ、少し開いた唇からスゥスゥと寝息が漏れている。
「寝てんのか…」
普段からかっちりしているゼファーがこんなところで居眠りするという珍しさに、ルシードは起こしもせずマジマジと観察した。
ニュースでも見ていたのか、テーブルには新聞が投げ出されてそのままになっている。
腕を組み、ソファに体を沈め顔を少し俯けている。ちょうど列車の中で居眠りしているような体勢だった。長い髪がさらりと肩から流れ落ちる。
その首元にキスマークを見つけてルシードが人知れず紅くなる。
「やりすぎたか…?」
昨晩のことを思い出して、ルシードはフルフルと首を振った。
「隠せよな…」
ぶつくさ言うと、そのキスマークにつんと触れる。虫さされのように赤くなった場所はそれだけで、別段腫れているわけでも何でもない。普段からゼファーは襟の開いた服を着るのを知っているからマークは付けないように気をつけてはいるのだが、昨晩はそうもいかなかったらしい。蝶の翅をあしらったコートが灯りを微妙に反射して光沢を放つ。
中の黒いシャツを引っ張り上げてキスマークを隠した。
これだけやってもゼファーは起きない。身じろぎすらしない様子に昨晩は無理をさせたかと心配になる。
不意に芽生えた悪戯心に、キョロキョロと辺りを見回す。
誰も来ないのを確認してからルシードはそっと体を傾けた。床に膝をつき、覗き込むようにして顔を近づける。吐息が触れ合う距離。それでもゼファーは目覚めない。
起きるなよ、と知らず心の中で呟きながらルシードはそっとキスをした。
柔らかい唇の感触
普段より少し高い体温
味わうように唇を重ねる。そっと噛むとゼファーの目蓋がピクリと揺れた。
ルシードが離れた瞬間、ゼファーの目蓋がゆっくりと開いた。
「…ルシード」
名前を呼ぶ口角がつり上がって笑いをかたちどる。
「若いな」
「起きてやがったな?!」
クスリと笑うゼファーの様子にルシードの顔にみるみる朱がのぼる。
「部屋で寝ろ! 風邪ひいたってしらねぇぞ!」
照れを誤魔化そうと怒鳴るルシードにゼファーの方はクスクス笑いが止まらない。
「そうだな」
ソファから立ち上がったゼファーの手がルシードの髪を梳く。
「一緒に寝るか?」
「一人で寝やがれ!」
踵を返して立ち去ろうとするのをゼファーが腕を掴んで止めた。
なんだと振り向いてそのままキスされる。
再度重なった唇が互いの体温を教えあう。やわらかく暖かい感触。
数瞬で離れていくそれに、それでも満足感が少し残った。
「…なんだよ」
苛立ちがおさまってしまったことを悔しく思いながらも、それを隠しながらルシードが訊く。ゼファーは薄く微笑んだままだ。
「一緒に寝ないか?」
「…寝かさねぇぞ」
その言葉にゼファーが吹き出した。
「それは、困ったな」
そう言いながらゼファーは肩を揺らして笑った。
ルシードがそっとつかまれていた手を解き、逆にゼファーの腕を引いた。
「ルシード?」
不思議そうに首を傾げるゼファーをそのまま引っ張る。
「寝るんだろ?! …行くぞ!」
耳まで紅いルシードにゼファーは微笑みながらされるままになっている。
その耳元でゼファーが囁いた。
「お前の部屋がいい」
その意味にルシードが目を瞬いた。呆気に取られているルシードの手を引いてゼファーが歩き出した。
「ほら、行くぞ」
「上等」
にっと笑ったルシードは小さくそう呟くとゼファーの後を追って歩き出した。
《了》