この細い手首を俺は
18:手首
頬杖をついて手元の書類を眺める。
頭に入ってこないそれらの文字をただぼんやりと眺めるだけで時間だけが刻々と過ぎていく。
「くそ…ッ」
悪態をついて書類から目を離す。流れ作業で手馴れているはずの仕事が手につかない。
頭の中で唯一つのことだけがぐるぐると回っている事に気付いていた。
「なんで…」
なんで
俺を抱いたんですか
――朽木隊長
思わず思い出した昨晩の醜態を誤魔化すように机を殴った。
バァンと音が響いて消えていく。
「ッだー! クソッ!」
立て続けに机を殴った手がジンジンしてようやくその動きを止める。
うつ伏せた体の下で書類がくしゃりとしわになった。
「勘弁してくれよ…」
連鎖的に思い出してしまった醜態の所為で耳まで真っ赤になった恋次が呟く。
細い手首がしなる様も。細くて白い指がどう動いたのかも。
何もかもをこんなにも覚えている。
「恋次」
思わず頭を抱えたところにかけられた声に、肩がビクリと跳ね上がった。
「朽木隊長…ッ」
考えていたまさにその人物が目の前に立っていて恋次はさらに頭を抱えたくなった。
「なにをしている…書類が全く回ってこないではないか」
呆れたような声に思わずうっと言葉に詰まる。事実その通り回さなければならない書類は恋次の下でしわになっているだけだ。
「す、すんません…」
慌ててしわを伸ばし書類に目を通そうとする視界に白くて細い手首が現れた。
「かまわん」
書類を持つ手を上から押さえられ、上げた視界に白哉の顔が映った。
そのまま白哉の顔が近づいて唇を重ねさせられる。
「たいちょ…」
言葉を発するために開いた隙間からぐいぐいと舌が入り込んでくる。
「たいッ…ん」
離れた二人の間を銀糸が繋ぐ。ハァハァと喘ぐ様子にどこか満足げに白哉が微笑んだ。
「恋次」
ヒラリと机を乗り越えてくる白哉に慌てて椅子を押しのけて恋次が立ち上がる。ガタンと倒れる椅子を無視して白哉の手が伸び、下顎を捕らえられた。
ついばむように唇を重ねられて後退る体を引き止められる。
「逃がさぬ」
クスリと笑われて思わず顔に朱が上る。
「隊長…ここをどこだと…ッ」
「副官室だろう。だからどうした?」
問いただしも不発に終わって恋次が歯噛みする。言いたいのはそう言うことではなくて。
「そうじゃなくってですね…」
「うるさい」
しれっと言い捨てられて何か言おうとした口に指を突っ込まれる。
「ん…ッ!」
口腔内で指が自在に動き回る。やわらかな舌をつまんだかと思えば壁をなぞっている。
唾液を絡め取るように動き回る指に翻弄されて恋次は歯を立てることも出来なかった。
「ん…ッふ…!」
口から引き抜かれた指は濡れて艶めいて見えた。
「少し黙っていろ」
白哉の言葉と手が袴の隙間へ潜り込むのとを意識しながら恋次はそっと目を閉じた。
俺はこの細い手首を
拒めずにいる
《了》