優しくて甘くて嬉しくて、だからこそ。
お前がオレを駄目にする。
14:その手を振り払う勇気
揶揄のこもった問いも何もかもに沈黙で返事をして三上は自室へ飛び込んだ。
騒がしい藤代の声や言祝ぐ同級生達の声に、三上の拳がギリッと音を立てる。
寄りかかった扉に張り付いた背がはがれずにそのままズルリと座り込む。
女コーチの言葉と振り払ってきた渋沢の顔が頭の中で螺旋を描いて収斂していく。
「……ちくしょう」
言葉を発した途端に聞こえてきた足音に、三上の体がバネ仕掛けのように跳ね起きた。
間隔をおく足音。足音だけじゃ誰かなんて判別できない。
身構えるように突っ立ったまま、三上は足音と耳元で鼓動する心臓の音を聞いた。
耳の後ろがうるさいほどに脈打ち鼓動を鳴らす。
浅い呼吸に喉が軋み、回されるドアノブに息を呑んだ。
「三上?」
途端に静寂が三上の体を包み込む。
甘いような落ち着いた声。守護神。キャプテン。その肩書きにぴたりと嵌ったような、そのためにいるような男。多くの者に安堵感を感じさせるこの男は不思議そうに、扉近くに放り出されていた三上の荷物をよこした。
「大丈夫か?」
明かりのつけてない部屋は薄暗く、騒ぐ声はひどく遠くに聞こえた。
荷物を手渡そうとする手を引き寄せた。傾いでくる体と合わせて唇を重ねる。
ドサリと落とされた荷物は渋沢の心情を表しているのか、体がビクリと震えるのを思い切り哂ってやりたかった。
震えたのは初めだけで、絡める舌はどこか投げやりで、三上に動きの全てをゆだねるように応えた。それでも下唇を甘く噛まれて体が震えた。
離れる唇を追うように再度口付ける。背中に腕を回されて、きゅうと抱きしめられる。
抱きしめられてキスしている様はさぞかし甘く見えるんだろうと三上は冷えた頭で思った。
ちゅ、と音を立てて離れた唇と一緒に回された腕も離れていく。
己より高い位置にあるブラウンを睨みあげながら三上は言った。
「大丈夫じゃねぇっつったら、抱かれてくれんのかよ」
きっとお前はイエスと言う。三上にはなんとなく想像がついた。
お前は――優しいから
「俺なんかの体で、なおるのか?」
その不機嫌が。
その悔しさが。
その辛さが。
そういった諸々の全てが。
皮肉に哂った渋沢の声に三上の体は凍りつく。
選ばれた体を選ばれなかった体が組み敷いて、それで満足か。哂う渋沢の口元を確認する前に握り締めた拳が渋沢の頬を殴りつけていた。
硬い感触、よろめく体。
ジンジンと痺れるような痛みと浅い呼吸。渋沢はゆっくりと体勢を立て直した。
うっすらと微笑んだ渋沢が自らシャツを引き裂いた。弾け飛んだボタンが三上の頬をかすめて飛んでいった。あらわになる上体。胸から腰にかけて、なだらかな曲線を描く。
「俺なんかの体で、いいんだろう」
「ふざけんな!」
飛びかかった体は渋沢を三上のベッドへ押し倒させた。
「受かったキャプテン様の同情か? ふざけるなよ! いらねぇんだよそんなモンは!」
押されるままに倒れ込んだ渋沢は一瞬、息を詰まらせたものの、何事もなかったかのように三上を見上げていた。
「三上」
噴出したものが途切れてハァハァと荒い呼吸だけが三上を満たす。
そんな三上の頬を渋沢の大きな手が撫でていく。視界が滲むのを認識する前に、ぐいっと親指で涙を拭われる。
「…ちくしょう」
毒づいた言葉も咎められることはなく。溢れる前に涙は拭われていく。
「三上」
「テメェなんか大嫌い、だ」
その優しさが痛い痛い痛い痛い。
その優しさがオレを駄目にする。
それでも。
オレはその手を振り払えずにいる。
重ねた唇に蠢く舌は従順に応えた。
《了》