高くかってくれているなかにすら肉親の情はあるのかと。
けれど真実は冷たく事実は動かし難く。
俺は耐え切れず背を向けて、逃げた。
13:繋いだ手
『これが噂の…』『さすがはシモンズですな』『お羨ましいことだ』
見上げる父の顔が見えない。集まるのはよく動く口の大人だ。
かけられる声に俺はそう深く考えもせず愛想を振りまいて仕事を手伝って。
大振りな仕草と言葉は好評で俺は飾りなのかと。
飾りであった方がいくらかマシだった。
何も知らない俺はさぞ利用のし甲斐のある駒だっただろう
うっすら開いた目蓋からサファイアのような蒼が覗く。蒼が湖面のようにゆらめいた。
瞬く間もなく流れ落ちた水滴をこすって消すと起き上がる。
ルーの動きにあわせて豊かな金髪がうねって波打つ。艶が日の光を反射して煌めいた。
支度を整えた途端に闖入者が現れた。
「よぉ、おはようさん、ルー」
開いた扉の前にいたのは一連の出来事で関わった、その張本人。
挨拶しながら目を見張る様子に首を傾げる。
「どうかしたのか」
かけられた声に弾かれたように気付いて、藤椰は微笑を浮かべながら言った。
「ルーが髪を下ろしてるの見るの、初めてだったからさ」
髪の量からいつも注連縄と揶揄されるルーの三つ編みが見当たらないことに驚いて目を見張ったらしい。
「くだらねぇな」
「ま、ね。入ってもいいか?」
頷いて許可の意を示すと藤椰は真っ直ぐウサギの檻へ向かって行った。
「仕事はどうした」
腰へ届くかという長さの髪はやはり邪魔で、ルーはいつものように髪を結い始めた。
「非番というものがあるのだよ」
おどけていった藤椰の手がウサギの頭や背をゆっくりと撫でる。
一応自警団員らしく訓練でもしているのか、その手は仕事の内容以上に無骨だ。
肩幅もそれなりにあり、袖から覗く腕は筋張って見えた。ウサギのアーサーを構うために俯いた首筋には頚骨が浮き上がる。短く切られた栗色の髪がほんの少し伸びていた。
「見つめられるっていいねぇ、アーサー」
前触れもなく振り向いて言った藤椰の顔がにまぁと悪戯っぽく笑った。
「用はなんだ」
視線を悟られていたと知ってルーの頬が赤味を帯びた。
藍色の目が眇められる。穏やかで単純でお人よしな藤椰が消えてまったく別の顔を出す。
「別に。ヒマなのはいいって言いながらこもってるみたいだから外にルーを連れ出そうかなぁ〜と」
単純でお人よしで、戦闘も苦手でサポートに徹していた。
彼の戦闘におけるサポートは完璧で、つまりそれは彼の能力の高さで。
――察しのよさ
「散歩、行こうぜ。たまには二人きりになろうよ」
茶化しながら言うくせにそれは既に決定事項でルーの手が引かれる。
暖かい、手。
初めて気付いた。子供の頃、手を引かれたことなどなかったことに。
必要なかったはずだった。暇もなかった。分不相応に見えた。それでも。
「仕方ない」
温かな人の手にこんなにも。
「朝飯はお前のおごりだ」
「へェッ?! うそ、俺のおごりになっちゃうの?!」
安堵。安寧。安らぎだとか癒しだとか。
そう言った何かを得ることが出来るのも。
目の前で財布の心配をしているおせっかいのおかげなのだと。
ルーは心中で巡り合わせに心から感謝した。
《了》