それはそう唐突だった
だからどうしていいか判らずにただ
ぶつけるしかなかった
12:「さよなら」
「俺、ドイツ行きます」
唐突な宣言に辺りがざわめく。
風祭だけが事情を知っているのか、その表情はどこか満足げだった。
天城の軽い説明に納得したのか、ざわめきも消えていった。
ざわめきは叱咤激励の言葉に代わり、皆次々と声をかけていく。
すっかり落ち着き、騒ぎの終わりに一同は互いに話しながら帰路へつく。
それを見送って人がいなくなった頃合に椎名が歩き出した。
「天城」
声をかけると振り返る。
きつい目付き。凛々しい眉と、スッと通った鼻梁。色素の薄い肌と髪。
年上にも見えるガッシリした体躯は椎名にとっては羨むばかりのものだった。
「…椎名」
「先輩なんだからサンくらい付けろよ」
思わず口をついてでた言葉に天城の眉が寄り、失態を知る。
自身の失態に舌打ちしながら椎名は「そうじゃなくて」と話を振る。
「ドイツ、行くって?」
掠れそうになる声を叱咤しながら訊ねると天城はゆっくりと頷いた。
「あぁ」
そう言う表情は今までと違い生き生きとしていて、それが椎名の胸をえぐった。
「知らなかったな、そんなの」
駄々をこねるように呟いた言葉に天城が困ったような顔をする。
勝負することは風祭から聞いていたものの、その発端までは訊けなかった。
「知らなかった」
それはまだ自分達の間の溝の深さを示しているようで、椎名は酷く苛ついた。
悩みを打ち明けあうほどに仲が良いわけではないと目の前に突きつけられたようで。
事実そう仲が良いわけではないのがさらに椎名を苛つかせた。
「…すまん」
「謝るなよ! 謝ることじゃない…ッ」
困った天城の謝罪に椎名が噛み付く。
こんなことが言いたいんじゃない
生き生きとした表情に行くなとは言えずに
椎名の葛藤に気付かない天城は、困ったように頭を掻いた。それでもこの会話を打ち切れずに、俯いてしまった椎名との微妙な空気に天城は途方にくれた。
珍しくその目的が判らない椎名との会話。
口のよく回る椎名にしては珍しく、言葉に詰まる様子に天城は不謹慎だと思いつつ、その様子を珍しげに眺めていた。
すると椎名がバッと顔を上げた。
少女じみた顔が一大決心をしたように真っ直ぐ天城を見つめる。
大きな目が潤んで天城を見上げていた。
椎名の握り締めた手がわずかに震える。
睨むように見上げる視線の先には困ったようにぎこちなく笑う天城の表情があった。
「『さよなら』なんて言わないからな」
好きです
「見送りにも行かない」
好きです
どんなに離れても遠くへ行ってしまっても
好きです
「…あぁ」
短い返事。けれどそれだけで椎名の中に安堵感がジワリと広がるような気がした。
天城の声が染みとおる感覚に身震いした。
「天城」
椎名がツイと背伸びをする。小さな手が天城の襟を掴んで引き寄せた。
フワリと触れるだけのキス。それでも驚きに体を固くする様子に椎名の口元が笑った。
「好きだよ」
零れた言葉が音を立てる。
天城の白い肌が見る見る赤味を帯びていくのを椎名は笑ってみていた。
「…椎名」
名前を呼ぶのが精一杯なのか、声が掠れていた。
襟から手を放して天城を解放すると照れくさそうに指先で唇をなぞっている。
その様子を年上の余裕でもって見ていた椎名の口元が笑みをかたちどる。
「行ってこいよ」
今だけ。
今だけ、しばらくの間
『さよなら』
「…判った」
耳まで赤くした天城の体が傾いだ。
触れてくる唇の熱に椎名は再度口付けた。
《了》