今頃泣いたってどうしようもない
11:慟哭
シュミレーションを終えて控え室へ戻ればそこにいたのは一人だけだった。
「あれ?」
アスランが思わず発した声に人影が振り返る。
くすんだ金髪、秀でた額。通った鼻梁に垂れ気味の目。
褐色の肌にラベンダーのように鮮やかな紫色の目。
「どしたのォ」
部屋の入り口で立ち尽くすアスランに人影が声をかけた。
「…イザークは?」
ハッと我に返ったアスランの言葉にディアッカは肩をすくめて返事をした。
「さァ。アスランのトコ行ってると思ってた」
「オレのトコにはきてないけど…」
ディアッカの言葉にアスランはそう答えた。
特に気にするでもなく「ふぅん」とディアッカが生返事をする。
「気にならないのか?」
アスランの言葉にディアッカの目線だけがチラリと向いた。
「そこまで密着した関係じゃないんだけど」
試すように笑うディアッカの表情にどきりとする。
「ご、ごめん…」
反射的に謝るアスランの視線が泳いだ。俯く視界に藍色の髪がチラつく。
「別にィ」
不意に訪れた間をもてあましながらも、二人きりというその幸運にアスランは感謝した。
「ディ、ディアッカ」
決心して声を上げればディアッカの視線が応える。
急かすでもなく続きを待つディアッカから目線が離せない。
決心して声を上げたはずなのにいざとなると尻込みして言葉が出てこない。
ただ重苦しい何かが喉につかえて息をすることすらままならない。
――イザークがいないなんて本当に珍しいのに
気の利いた話題の一つも出てこないことに歯噛みしながらアスランは必死に会話を続ける。
「さっきの訓練だけど…」
おずおずと話し出すのをディアッカは黙って待っている。
「ずいぶん左に寄るなと思って…ディアッカのくせかもしれないけど」
気恥ずかしさがアスランの視線を泳がせ、やり場のない手がバタバタと動き回らせた。
「…だから、その」
続けようとするアスランの言葉をディアッカの長いため息がさえぎった。
「それ、イザークにも言われた」
ズキリ、と
「そんなに目立つ?」
ドサリと備え付けのソファに座り込んだディアッカが上目遣いにアスランを見上げてくる。
その視線にドキリとしながらアスランはめちゃくちゃに頷いた。
ディアッカが再度長いため息をついた。
「ディアッカ、でも、その…」
あたふたするアスランを尻目にディアッカはため息をつきながら考え込んだ。
「なんでかな…」
「いや、でも、そんな…」
アスランがさらに何か言い募ろうとした瞬間、扉の開閉音が響いた。
「ディアッカ」
響く声に二人が同時に振り返る。
「イザーク」
二人から同時に名前を呼ばれてイザークはフンと鼻を鳴らした。
「ドコ行ってたのさ」
ディアッカの口元が心なしか笑っているような気がした。
気付きたくもないことに気付いてしまってアスランは思い切り舌打ちしたくなった。
「シュミレーションのプログラムについてミゲルと話してた」
「なんだ」
――そんな嬉しそうに
アスランの中で何かがどろりと動いた。
やり場のないもどかしさに負けてイザークへ視線を流す。
カチリと音がしそうなほどばっちり目が合う。
思わず目を逸らしたアスランにイザークの嘲笑が聞こえた。
「どうしたアスラン」
試すように哂うイザークの声。
「別にどうも…ッ」
イザークの全てに哂われているような気分にアスランの喉が詰まる。
勝ち誇ったようなイザークの顔が見れない
勝ち負けの問題ではないとわかっている。
それでも。
――あんな嬉しそうに
――あんな嬉しそうに笑うディアッカが
はっと気付けば、黙り込んだことを心配したのかディアッカがアスランの顔を覗きこんでいた。
「アスラン?」
「…ごめん、大丈夫」
覗き込もうとする肩を押し返して座らせる。
今更痛い
「なんでも」
今更こんな
「なんでも、ないから」
――今頃泣いたってどうしようもない
「いくぞディアッカ」
笑うイザークの声にディアッカがおずおずと従う。
その二人の背中がジワリと滲んだ。
《了》