目標は超えるもの
 だったら

 オモイデは超えられる?


   02:あの日の憧憬


 バァンと耳を打つ音は自分が発生させたにもかかわらず苛立ちを募らせた。
「…っつ…」
力みすぎた結果として体に跳ね返ってきた痛みに顔をしかめる。ヒラヒラと手を振って痛みを紛らせながら、破壊したダミーの欠片を軽く蹴った。

 『好きだ』

そう言ったときあいつは表情も変えずに

『そうか』

それだけ

 騒がしい気配に目を向けるとビセットとルーティが訓練室に入ってきたところだった。
「うぉッルシードすっげー!」
「うわぁ…ダミー足りる?」
ルシードが訓練の過程で破壊したダミーの残骸に、二人で騒ぐのを見ているとまるで兄弟でも見ているかのように思う。ルーティの容姿が少年的であるだけでなく、年頃が近い所為もあるのか二人の性質は似ている。
 「あれ、ルシードもうやんないの?」
訓練室に備え付けてある簡易ベンチに体を投げ出したルシードにビセットが声をかけた。
「…終わったトコにお前らが来たんだよ」
「へー、じゃオレやろーっと」
ビセットが新しいダミーをセットしなおし、ルーティがダイエットも兼ねてと口癖のように言いながらルームランナーを走らせるのをぼんやりと見る。

 何年も何年も前なのにまるでその直後のように鮮明に思い出せるものがあるのをオレは知っている。

 珍しく訓練にいそしむ二人から目線を外して立ち上がると訓練室を出た。
階段を上ると資料室に直行する。行動的なメンバーが多い中、この資料室に来る人間は限られていて、わりと人の出入りが少ない。
 適当につかみ出した本を手に椅子を引く。
静かな部屋に乱暴に椅子を引く音だけがする。パラ、パラ、とゆっくり音を立ててページを繰る。紙面を埋める文字の羅列をぼんやりと眺めた。

 キス

指先に力が入って、ページの流れが滞った。
脳裏に灼きついて消えないその風景が陽炎のようにふわふわと浮かんで消える。

 まだ短い茶髪。肩まであるかないかの髪の流れを手が乱す。
グイと引き寄せられて近づく二人の顔。
隠れていた茂みから透かして見つめた二人は重なったようでそれは酷くショックだった。
動くこともできない此方の存在など知らず、二人は離れてそのまま。
衝撃から立ち直った頭はようやく、二人の片方がゼファーであることといつのまにか辺りが暗闇に沈んでいたことを教えた。

 何がそんなにショックだったのか今となってはもう判らないが、酷く傷ついて衝撃だったことは覚えている。
ただ、くっきりと鮮明な感覚。それは。

「裏切られた」

「何にだ?」
低い声に振り向く。豊かな茶褐色の髪。感情の映らない瞳。長身。
「ゼファー、に」
ルシードの言葉にゼファーの眉が寄る。そんな仕草を無視して、バタリと本を閉じるとゼファーを凝視する。
 冷たい。クール。冷静。前リーダー。蝶の翅をあしらった白いコートは彼の長身をすっぽりと包み込んでいる。前線を退く原因となった今は不自由な右脚。だが日常生活でそんなに支障はないらしい。一見すると黒に見える目は実は暗緑色。趣味は盆栽。

――オレにできないことができる、ヤツ

 「一体どうした」
怪訝そうに言いながら隣の椅子を引いて腰を下ろす。
隣に座って顔を覗き込んでくるゼファーに何故だか後ろめたくなって目を逸らした。
即座に隙をついて、スルリと降りてきた沈黙をゼファーはあっさり受け容れた。
 長身に見合った大きな手。長い指がテープルに散らばった宝石鑑定の備品を摘む。
「ゼファー…お前が」
銀の指輪が日の光に鈍く輝いた。

「キスする理由って、なんだよ」

ぐじゃぐじゃ悩むのは性じゃないと思った途端に口に出た。
 暴言失言は周りから指摘されるまでもなく、幾度も繰り返していることに気づいていたがどうしようもない。そういうタチなのだと開き直る。
突然の不躾な言葉と視線にも怯まず、ゼファーは表情を動かしもしない。
「何故そんな事を訊く」
「…オレが、知りてぇだけだ」
 ゼファーの方がよっぽど冷静で、動揺を隠せずにルシードの声は掠れた。
目線はじっと下を向いたまま動きはしない。本の装丁や著者名の印字を凝視している。
その息が詰まるような視界の隅でゼファーの指がそっと動いた。
「ゼ、ファ」
ルシードの掠れた声は内に飲み込まれる。
呼吸が止まる一瞬、触れた感触は曖昧で伏せられた睫毛はよく見えた。
 触れてきたときと同じように唐突に、ゼファーが離れていく。
体の中の流れに身を任せて音を紡いだ。
「好きだ」
同じ言葉を繰り返す。何度も何度も昔から。おそらくこれからも。
俯きたくなるのを押し殺してゼファーを見る。
「あぁ、そうだな」
つい、と逸らされるゼファーの視線に弾かれたように手が動いた。
 鎖骨が覗くほど開いた襟ぐりの黒いシャツを鷲掴む。意識するまもなく、湧き上がるそのままに口を開いて叫んだ。
「――迷惑ならそう言えッ」
声のこだまが数瞬、残った。

投げた言葉の結果は戻らないのに触れ合う度合いは増して

逃げられない逃れられない 終われない 身動きが取れない

 急激な沸騰と同じ速さで意識は冷静さを取り戻す。
投げやりと気まずさが満ち満ちてルシードはのろのろと手を下ろした。
「ルシード」
ゼファーの声に変化はなく、目線だけが反応した。
「そんな目をするな」
 頭に置かれた温かい重みが髪をかき乱す。
微笑を浮かべたゼファーの顔が何故だか辛そうで唇を噛み締めた。
言い訳は有り余るほど頭に浮かぶ。こんな顔させたくなかった、そんなつもりじゃなかった、他に何か言い方があったんじゃないか。
 「すまん」
ゼファーの言葉に、悶々と頭の中で黒いものが渦を巻く。
肩に触れる茶褐色の流れに、ゼファーが覆いかぶさっていると判った。コートの布地が頬をかすめて腕が回される。
フッと吐息のような笑いが耳朶に触れた。

「俺も好きだ」

「あ?!」
驚いて上がった声と同時に上げようとした頭がむぎゅうと押さえられた。
 「ゼファー、離せオイ…!」
肩に爪を立ててもがくルシードに回された腕に力がこもる。
「少しおとなしくしていろ」
言葉に憮然としながら手を下ろした。その時になって初めて、触れる頬が熱いと気づく。
 ルシードの口元にゆっくりと笑みが浮かんだ。
「誰か来たらどーすんだよ」
言葉に詰まったような気配の後にゼファーの腕から力が抜ける。
俯く顔を長い髪が隠す。たっぷりの間を待って、離れた体を引き寄せた。

 茶褐色の髪、指に絡む髪がサラリと肌をくすぐった。
 こらえきれない笑みを浮かべながらルシードの手が力強くゼファーを引き寄せる。
 ガタリと椅子の脚が床を打つ。

 触れた唇はほのかに熱くてこのまま融けても良いと想った

唇より熱い、ぬるりと濡れたものが離れる。
互いに吐いた息が熱くて笑い出したくなった。

 「…誰か来たら困るんじゃないのか」
非難するようなゼファーの言葉にルシードの肩が笑いに揺れた。
ルシードは答えもせずに笑う。ゼファーの肩に移動した手が震える。
「ルシード」
もういつもどおりの、けれどそれだけではないゼファーにルシードは満面の笑みを浮かべて見せた。

「判りづらいんだよ、お前は」

 伸ばされたルシードの手がするがままにゼファーの体が傾いだ。
互いの長い髪が同じ方向へ流れ落ちる。フワリとしたやわらかさが同化しては分離する。
「よく覚えていたな」
熱い吐息の狭間、ルシードの話にゼファーが軽く笑う。
ルシードの紅い唇が弓なりに反った。

「忘れねぇよ」

微笑を浮かべた紅い唇が融けあった。


《了》

「ゼファルシみたい」とチラ見した知人に言われました
逆だ! 結構あがいたわりにモノになってない…
二人のヲトメっぷりに悶死…(汗)
05/17/2004 UP

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