一緒にいたいから
好きだから
寄りかかりたく、ないんです
01:ふたり
剣を振るいながら背後を取られそうになると駆けてくる人影をすんなり受け入れていた事に愕然とする。気づいた瞬間から柄を握る手に力がこもり、振り下ろす剣を重く感じた。
回復を叫ぶ声と同時に包まれる暖かさに吐き気がする。
同じ声でほかの人間の回復を叫ぶことに黒い怒りが湧き上がる。
それに気づきたくなくて彼より早く叫ぶ回復の効果が被ったりして、彼が驚いたような戸惑ったような表情を浮かべるのを苛立たしく思う。
積もる何かが剣の振りを大きくさせて隙を作る。攻撃されて回復されて、悪循環に唇を噛み締めた。
ようやくたどり着いた街の宿を手配する彼女達の後ろで黙り込むのを彼に見られていると気づいていた、のかも知れない。
「よォ、フェイト」
ポンッと肩を叩かれて振り向くと見えた顔に二つの感情がせめぎあった。
わざわざ人のいない路地裏を選んで歩いた自分の後ろをついてくる、彼の気遣いに唾を吐きかけたくなる。
「…クリフ」
「最近、なんだよ。おっかしいんじゃねぇの」
クリフの言葉が戦闘中の事を指していると気づいていたがあえて顔を背けた。
「別に…おかしくなんてない」
狭く日の光をさえぎる路地裏に漏れる光がクリフの金髪の上を滑る。
蒼い目にじっと見つめられて体が震える気がした。
「…ぁー…、調子でも悪ィのか?」
「悪くない」
訊かれた言葉に条件反射のような速さで即答すると背を向ける。その肩をあっさり捕まえられて埋めきれない差を改めて思い知った。
「大丈夫か? お前、ヤワだしな…さっきだって」
「隙が多かったんだろ? 判ってる、ほっとけよ」
その口調が吐き捨てるようになったことに気づいたのは、音として口から飛び出した後だった。恐る恐る振り返ったクリフの表情は不快げに歪められていてしくじりを悟る。
「おい、マジでおかしいぜお前。なんかあったのか?」
「ないってば!」
振り返りざまに繰り出す裏拳がクリフの胸を殴打する。ぐぅっと息を詰める音を聞きながらその体を無理矢理壁際へ追い詰める。
身体能力的には制止も反撃も可能なくせに、と心中で毒づいた。
様子見のつもりか、されるがままになる反応が心底憎らしかった。
「お前に」
喉の奥の震えを痛いほどに感じながら、声は揺れもせずに明瞭な音となって飛び出していく。クリフの胸を押さえつけていた腕を上へ滑らせ喉を押さえる。
その腕も、骨だけが分離したように独りで震えていた。
「関係ないだろ」
顔をしかめたクリフが何か言いたげに唇を開く。
それを制して喉を押すと腕の下で喉仏が動いたような気がした。
「お前には…関係ない」
言い捨ててから挑むように見上げた蒼い目は明らかな怒りを湛えていて、フェイトの体が一瞬強張った。
このまま そうだな と腕を振り払われれば
――どんなにか楽だろう 苦しいだろう
刹那に見た幻惑に目を逸らして俯く。
その隙に喉を押さえていた腕をつかまれ、逆に捕らわれる。
「――ッ、離せ!」
「最初にケンカ売ってきたのはお前だろうが」
必死に逃れようともがく腕をため息まじりにクリフは抑える。
あっさり押さえつけられる体格差。思い知るそれに苛立ちが募る。
「何がそんなに気にいらねぇんだ」
気遣う余裕。気づかれないよう押し隠してもがく自分がバカに見える。
「離せって、言ってる!」
自力で振り払えない悔しさにクリフの手首へ爪を立てる。
手加減なしに力を込めた指先が妙に硬い感触をくぐり抜けて奥へ突き刺さる。
「痛ッ…」
思わず声を上げて手を引くクリフから腕を取り戻す。
クリフの耳と髪を一緒くたに引っつかんで引き寄せる。
その唇へキスをした。
触れるだけの幼いキスに、それでも驚くクリフから顔をそらせた。
「守られたく…ないんだ」
そんなに頼りないのか
そんなに弱いのか
そんなに足を引っ張るのか
そんなに
そんなに
フェイトの碧色の目がクリフから逸らされたまま揺れる。
「僕だって……守り、たいんだ…」
雄としての本能。優位に立ち保護。
「僕だって、男なんだ…ッ」
守られるままなんて嫌だ。
守りたいものはたくさんあるのに皆今は手が届かない場所へ行って
だからせめて今
ここにいるお前を
守らせて
「…俺も男だぜ」
「――うるっさいな!」
平坦な声で返事をするクリフに恥ずかしさを押し付けて怒鳴る。
「お前って…」
「いいだろ別にッ! ――やっぱ言うんじゃなかったッお前には関係ないッ」
恥ずかしさの極致に耳まで赤くなったフェイトが歩き出す。その腕をクリフが捕まえた。
「なんだよッ」
「いんや?」
クックッと肩を揺らして笑うクリフにフェイトが涙目になって腕を振り解こうとする。
「青いっつうか若いね〜」
「揶揄うなッ」
怒鳴るフェイトの顎が捕らえられ、なすすべもなく唇が重なった。
「――ッ…お前…」
触れるだけではない、舌先で歯列をなぞり下唇に軽く歯を立てて離れるクリフにフェイトが抗議の眼差しを向ける。
「あのな、俺だって」
一瞬、言いよどむ様子にフェイトが大きな目をまっすぐクリフへ向けた。
「…黙って守られてやる気なんかねェよ」
目を瞬かせて驚いたフェイトの口元が、次の瞬間には笑う。
それが体中へ伝染したかのように肩を震わせ、背を丸めて笑い出す。
「ぁん? 笑うコトか?!」
不機嫌そうなクリフの様子に笑いがさらに止まらなくなる。
否定の意を示そうと必死に首を振りながら、それでも腹が痛くなるほどに笑った。
「それでこそ、だよ」
笑いのおさまった一瞬にクリフを引き寄せて唇を奪う。
そんなお前が
好きです
了承したように開く隙間へゆっくりと舌を忍び込ませた。
不慣れになぞる歯列と絡めた舌は意外なほど濡れていた。
《了》