活動のための、備え?


   95:充電時間

 帰りを急ぐ。忙しさにかまけているうちに時刻は夜半となっていた。幸いというべきか、ギルフォードは妻帯者でもなく子供もいない。そういう点では身軽であることがありがたくもある。養うべき家庭を持つ部下たちは定時になると焦りながら仕事を終わらせようとする。その日が記念日ともなればひと騒動らしく、慌ただしい彼らにギルフォードは鷹揚に対応した。警備のものも身を守る術はあるからと必要最低限以外は帰してしまった。ギルフォードは妙に律儀で相手を慮りながら結果的に抜けたことをする。その失態が列挙されるに至って、ギルフォードの仕えるコーネリア皇女は腹を抱えて笑った。ほどほどにしとけよ、とは彼女が苦笑いしながら刺した釘だ。
 苦々しくそれを思い出して早足で歩きながらギルフォードは苦笑した。必要最低限の光量の所為か、磨かれた窓硝子は鏡のようだ。うっすら映った鏡像を見ればつかれたと言わんばかりの男がそこにいた。嘆息して立ち止まると髪を結いなおそうと結い紐を解いた。結い紐を咥えながら髪をまとめた刹那、ドンっと何かがぶつかった。結い紐を咥えていた所為で悲鳴こそ出なかったが唐突なそれに心臓が跳ね上がった。手を離すとはらはらと黒褐色の髪が幕のように広がる。振り向いたギルフォードはその人物に目を瞬かせた。
「ロイド、伯爵?」
ぽとりと結い紐が落ちる。ロイドは抱きつくというよりむしろぶつかる勢いでギルフォードに飛びついた。ギルフォードは腐っても軍属。戦闘機開発の技術畑で室内活動が主であるロイドの突撃程度では揺らがない体躯を持っている。前線に出るにしては華奢な体躯だが、ロイドよりは筋力も敏捷性もある。
 ロイドはギルフォードを押し倒す心づもりでいたのか、ぶぅーと唇を尖らせた。ギルフォードは諦めたように嘆息する。ロイドは皇族であるシュナイゼル皇子とも交流があり、何かにつけてギルフォードに夜伽を命じるのだ。ギルフォードは自分の何が二人の琴線に触れたのかさっぱり判らない。何か癇に障る事でもしただろうかとかえりみても心当たりがない。もっともシュナイゼルとの縁は、彼がコーネリアの兄君であるというだけだ。そのシュナイゼルがギルフォードを指名すること自体、想像だにしていなかった。シュナイゼルにとってのギルフォードなど、妹の騎士である程度の認識だろうとギルフォードは踏んでいた。それがまさか寝床を共にするまで発展するとは予想もせず、ましてそこへ伯爵位をもつ変わり種博士のロイドが加わるなど、想像を絶していた。
 「素直に押し倒されてくれれば可愛いのにィ」
「あきらめてください」
ギルフォードはがんと撥ねつける。二人に遠慮は無意味で効果もないことがこれまでの経験で知れている。ギルフォードは見た目どおりに冷徹に振る舞った。鋭角的なフレームの眼鏡の効果は大きく、ギルフォードの利口さと相まって怜悧とさえ言われた。だがロイドもそれしきで退く性質ではない。断られるだけで引き下がっていては必要な予算は得られないし技術のノウハウも盗めない。ロイドは伯爵位を最大限利用し、効果のない相手にはそれなりに応対してきた経験もある。ふふんといやらしく笑うとギルフォードへしなだれかかるように抱きついた。
 「いいじゃないですかぁ、ねぇ」
ふぅっと耳朶をロイドの吐息がかすめる。ぞくりとするその感触にギルフォードは肩を震わせた。その拍子に抱えていた帳面や冊子が落ちた。ばさばさと落ちたそれを拾おうとロイドの腕を振り切ってしゃがむ。立ち上がろうとするのを上から抑え込まれる。ずしりとした重量は厄介で引き剥がそうとするがことごとくかわされる。思わず膝をつく胴体にロイドは素早く腕を回してしっかり抱きついた。
「ちょっ、と…!」
「だーめですよぅ。充電中なんですからぁ」
「は? 充電? 私に電力はありませんけど」
ロイドはケタケタと癇に障る笑い声を立てた。その振動が背骨から伝わってくる。ロイドは見た目どおりの痩躯で肉もついていない。その所為で叫んだり笑ったりする際の小さな振動を感じ取れた。
 ギルフォードは笑っているロイドを見た。全体的に色素が薄い。皮膚は血管が透けて見えそうな白さで陶器のようだし、髪も淡い藤色である。宝玉じみた天藍の瞳は嵌めこまれた宝石のそれだ。それを角の丸いフレームの眼鏡の奥に眠らせている。視力に障害がある所為なのかただの伊達なのかギルフォードは知らないし、知る必要もないと思っていた。室内活動が主である所為か突き飛ばしたり落としたりしたら陶器のように砕けてしまうような硬質さが漂っている。ロイドは例えるなら陶器の人形だ。人造的な美しさと脆さと希少性。性格は破綻していて常識という枷を外された才能は野放図に展開して彼を昇格させた。事実、ロイドの手掛ける戦闘機は質が良い。反応速度や機動性もいい。操縦桿と機体反応のタイムラグはないに等しく、手脚のごとく動かせる。その代わり操縦者側に高度な技術力と適応能力が必要とされて、しばしば操縦者不在の事態を招いている。
 「うふふふふ」
愉しげに笑う振動は拍動のように響いてその心地よさにギルフォードの方が戸惑った。体の深部へ直接触れるそれは稀有で拓いていく感覚がする。だがギルフォードはそれを閉じた。頭をふって振り払うような仕草をする。
「充電は済みましたか」
「充電ていうかむしろ、充填って感じですけど」
「シモ方向にいかないでもらえますか」
ギルフォードはこめかみをひくつかせながらロイドを睨んだ。我慢の臨界点が近い。ロイドはそれすら承知してギルフォードを揶揄するのだ。
「うふふ、そんなこと考えるんですねぇ、君でも。通じなかったらどうしようかと思ってた」
「嘘ですね。通じなければそれをいいことに押し通すつもりでしょう」
「ばれてるぅ」
ロイドがぎゅうと腕に力を入れる。子供が無垢に抱きつく仕草に似ているが目的は無垢とは言い難いものであるのは明らかだ。その証拠に指先が服の留め具をいじっている。外すつもりだろうが思ったより堅固だったのか難渋している。ロイドの紅い唇が不満げにとがってくる。
 「ねぇ、だめですかぁ」
ついに音を上げてギルフォードと直接交渉するつもりだ。だがそれが判るからと言って承知していてはつけ込まれるだけだ。ギルフォードはツンと冷たく拒絶した。
「ダメです」
「うふ、本当にそうかな?」
「なに、を…」
ぞわっと皮膚が粟立つ。体の内部が熱い。その熱さが発熱ではないことはすぐに判った。体は蓄えていたカロリーを惜しげもなく消費し、準備を万端整えていく。ロイドの腕の中でそのような状況を迎えるわけにはいかない。ギルフォードは全力でロイドを振り払うと立ち上がった。
 脚が重い。風邪をこじらせて体がだるい時と状況が似ている。四肢は重く思考も鈍る。ロイドは優位に立つ者の笑みでギルフォードの一挙一動を見守るだけだ。
「いいこと教えたげる。殿下は公務でいらっしゃいませんよぅ」
ギルフォードの薄氷色の目がロイドを射抜く。ロイドの言葉の真意が判らないほど思考は鈍ってはいなかった。ロイドは試すようにギルフォードを見ている。その瞳が悪戯の効果を待つ子供に似ていた。自分が投げつけた小石の波紋を愉しむそれだ。投げつける対象は何でもいい。池だろうが硝子だろうが構わない強引さは幼児のそれと相似している。効果を知りたいだけで、対象の側がどうなるかという思慮はない。だがギルフォードの体の主導権はすでにそのロイドにあると言ってよかった。
「――…ッあ」
喉は砂漠のように乾き、飢えた子どものように餓えた。水や腹の足しになるものを得られるなら手段を選んでいる時間はない。躊躇する条件も排除されていて、至れり尽くせりだと皮肉げに思った。
 ロイドの口の端は常に上を向いていて黙っていれば微笑しているかのように見える。その所為か、彼の気性は穏やかだと認識されているが実のところ、手段を選ばない姑息さや獰猛さも持ち合わせている。ギルフォードを抱く時などそれが剥きだしになる。だがギルフォードの体に選んでいる時間などなかった。
「…せ、めてベッドか、ソファで」
ギルフォードが屈した。ロイドは満面の笑みを見せた。効果抜群のその反応にどこから謀られていたのか思考をめぐらそうとするが脳が働かない。自意識など生理現象の前には何の効果もない。脳は体の命令を優先し、自尊心など気にもかけない。
 「可愛いですねぇ、いいですよ…――ほら、こっち」
差し伸べられる手はまさに神の手。ギルフォードは薄氷色の瞳を潤ませながら悪神の手をとった。それしか術がない。熱い息を吐くギルフォードにロイドがけらけらと笑った。
「大丈夫、充電も充填もしてあげる。君はもう少し勉強した方がいいですかねぇ、揮発で効果を発揮するモノもあるってこと。あとは、耳や目っていうのは意外と脳に近いってこと。効果も早いんですよぅ、うふふ」
「むしろ消費ですよ…シモ方向に行くなと言いましたよね? それと、どれだけの薬を持っているんですか、あなたは…」
ロイドに媚薬を嗅がされたのはもはや確実だ。揮発ということは指先や舌先にでも含ませておいたのだろう。それをギルフォードが勝手に吸いこんだだけの話だ。責任はギルフォードにあると言わんばかりのロイドは聞かぬふりだ。鼻歌でも口ずさみそうな笑みである。
 うきうきとギルフォードの手を取り手近な部屋へ連れ込んだ。それが興奮を伴っているのは陶器のような白い肌が紅潮していることからも窺える。ギルフォードはあっさり計略に嵌まった自身を呪った。
「充電、充電。消費した分は補ってあげるから大丈夫ですよぅ」
扉が閉まり暗闇を認識すると同時にギルフォードの唇は奪われた。同時に主導権も奪われ、ギルフォードの体はロイドの命令を従順に受け付ける。
「君って蓋を開けるのは苦労させられるけど、開けちゃえば可愛いもんですよねぇ」
ギルフォードは答えずに背をしならせ、喉を喘がせる。生皮を剥ぐように衣服が剥離していくのを感じて喉を反らせた。薄氷色の瞳は薄闇の中で楽しげなロイドの表情を捉えていた。


《了》

ちょ、これ書くために紅茶がぶ飲みしたら太った(あれだけ飲めばな)
砂糖入れてないのに!(無駄にノンシュガーか)
というかもう誤字脱字はどうしてあるの! 書き上げた後のチェックではないのに!
後から読み返すと不意に見つかって赤っ恥をかいている…(毎度のこと)
とりあえずギル久しぶりだった。ギルやっぱ愛しいわ。         09/26/2008UP

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