カーテンの中の秘め事
94:カーテンをしめる
更けた夜半にシュナイゼルは妹であるコーネリアとロイドとともに杯を干していた。入念な手回しの甲斐もなく愛でたかったギルフォードはするりと抜けて帰路についてしまい、シュナイゼルは嘆息した。ロイドは何が楽しいのか、平素も吊り上っている口の端をさらにつり上げて笑い、コーネリアと歓談している。コーネリアは普段お呼びがかからない酒盛りに呼ばれて怪訝そうだ。
「女性の体って面白いですねぇ、いろいろ教えてほしいなぁ」
酔っ払ったロイドはとんでもないことを口走るがコーネリアもシュナイゼルも腹の探り合いには慣れた手合いであり、そうそう驚いた様子など見せない。相手の言う事にいちいち反応しては手の内を見せるも同然だ。
「…お前なら、選り好みさえしなければ引く手数多だろう」
コーネリアは上品に杯をひねり酒を流し込む。シュナイゼルは退屈そうに杯をもてあそび、悪戯に干していく。ロイドだけが楽しげにはしゃいでいた。普段は血管すら透けそうに白い皮膚も酒の効果でほのかに紅く色づいていた。間接照明の橙色がロイドの髪の上でゆらゆら揺れる。藤色の髪はそうと気づかなければ白髪と勘違いしそうなほど色素が薄い。角をとった形のフレームの眼鏡の奥の瞳は天藍でそれが唯一濃い。唇も紅い。
「そうですかねぇ、でもお嫁に欲しい人が一人、いるんですよぅ。うふふふ」
ロイドは殊更に秘密でも話すかのように口元を覆って笑うと肩を震わせた。
だんだんだんだんッと凄まじい足音が近づいてくるのが聞こえた。絨毯敷きの廊下で聞こえるのだから相当だ。シュナイゼルとコーネリアが怪訝そうに扉の方を向けばロイドは嬉しげに椅子を蹴って立ち上がった。
「あっは、来た来た!」
「失礼します!」
ばたんっと扉の蝶番が間違いなく悲鳴を上げる勢いでギルフォードが扉を蹴り開けた。入浴でもするつもりだったのか、髪が解かれてその肩の上から垂れている。普段の彼は長い髪をうなじあたりで一つに結っているのだがそれもない。外套を乱暴に羽織って体を隠しているが急遽駆け付けたのだろうことがその乱れ具合から窺えた。
「どうかしたかい?」
シュナイゼルもコーネリアも心当たりがない。シュナイゼルはあわよくば寝床へ導こうとしたがかわされたし、コーネリアもギルフォードに迷惑が及ぶ所業をした覚えがない。ロイドだけが満面の笑みで足を踏み鳴らしている。ギルフォードに至っては怒り心頭に発すと言わんばかりだ。頭から湯気でものぼりそうである。
「ロイド博士。一服盛りましたね!」
「なんだって?」
尋常でないその怒りようの説明がついたが、ギルフォードの外見に変化はない。シュナイゼルは一度ギルフォードに猫耳が生えてしまった様を見たことがあるが、そう言った変異ではないらしい。彼は立派な人間のなりをしている。
「えへへえへへ、嬉しいな、僕の所へお嫁に来てくださいよぅ」
外套の合わせを持つギルフォードの手が怒りにぶるぶる震えている。シュナイゼルとコーネリアは相変わらず部外者だ。シュナイゼルは拗ねたように体を反らして杯を干した。コーネリアもすることがないのか杯に口をつける。
落ち着いているかのような二人の様子にさらにギルフォードは苛立ったらしく、ばっと外套を脱ぎ捨てた。瞬間、シュナイゼルは目を剥き、コーネリアは酒を吹いた。ロイドだけが嬉しそうだ。
「これはどういうことですか!」
コーネリアは激しく咳きこみ、咳を抑えようと必死だ。同時に平常心も取り戻そうとしている。シュナイゼルに至ってはぽかんとギルフォードを見ていた。ロイドだけが検分するように舐めるような視線を投げている。
ギルフォードの上半身はあり得ざる姿になっていた。ギルフォードは立派な男性でありコーネリアの騎士も勤め上げている。その彼の胸は小ぶりながらも品よく、やわらかそうなふくらみが鎮座していた。よくよく見れば彼の身長もいくらか縮んでいるらしく、ズボンとブーツの丈があっていないし、腰のあたりがきつそうだ。華奢な肩から丸く柔らかな線が体をかたちどる。ウエストがくびれて胸と腰のあたりで膨張する。膨らんだ胸は小ぶりながらも愛らしく、触ってみたいような気を起こさせる魅力があった。小ぶりだが小ささを感じさせないのは彼が鳩胸だからだろう。胸骨から上を向いている形の良い胸だ。ギルフォードはもともと軍属にしては華奢な方で、髪も長くのばしている所為か妙に違和感がない。丸みを帯びた肩や腰もそれでいいのだと思わせた。誰も抗議しない状況下でギルフォードは地団太を踏んで憤りを表した。
「あはぁ、絶対似合うって思ったんですよぅ! 大正解! ねぇねぇ変わったのは外見だけ?」
ロイドの言葉でコーネリアが真っ先に復活した。往々にして女性の方が現実肯定できる性質だ。彼女らは感性と合致さえすればどんな破天荒も引き受ける。
「ギルフォード、その体は! 何か変なものでも食ったのか」
いささか間が抜けた問いだったが、主の心配にギルフォードはふにゃっと目を潤ませた。眼鏡のフレームの所為で冷徹なイメージの先行する彼だがその性質は意外とお人好しで優しいのだと知っている。
「姫様、申し訳ありません…このような不甲斐ない姿をお目にかけるなど」
泣きだしそうな彼はまさしく女性に見えた。顔を覆う仕草が妙に女性らしく似合っている。寄せられた胸が高さと色気を増す。ギルフォードも肌は白い方だがロイドの陶器のような白さではなく生気のある官能的な白さだ。魅惑的なそれにシュナイゼルは興奮気味に頬を染めた。
「なるほど、君が上機嫌だったのはこれか。それにしても美しいね…」
「いいでしょイイでしょ? 絶対君は女性化してみたかったんですよぅ」
「私の子を産んでもらいたいね」
「あー殿下ずるいですよー! それ、僕が言おうと思ってたのにィ。ねぇねぇギルフォード卿、僕の跡継ぎ産んでくださいよぅ」
勝手に進む話にギルフォードがようやく冷静さを取り戻して自身の状況に気づいた。胸を隠すが時すでに遅く、かえってそういう仕草が劣情を煽った。慌ててはおろうとする外套をシュナイゼルが奪う。身を乗り出すのをロイドが受け止め、シュナイゼルが胸を掴んだ。
「ふぁッ」
びくっと震える様子は立派に女性だ。二人とも興奮気味にギルフォードを眺めている。
「愛らしいな…正妻にしてもいい。上層部は黙らせる」
「僕のお嫁さんですよぅ?! 殿下、絶対譲れませんからねぇ」
その二人の眼前へすらっと引き抜かれた鋭利な刃がぎらついた。油断すれば喉元切り裂きそうなそれに二人が目線をやれば、二人を睥睨するコーネリアにぶち当たった。
「…コーネリア?」
「皇女殿下ぁ?」
「…お二人ともお忘れのようですが、ギルフォードはわが騎士。所有権は私にあります。お返し願います」
「姫様…!」
涙の滲んだ薄氷色の瞳が嬉しそうにコーネリアを見た。普段が怜悧なだけにそういうギャップのある仕草は心奪う愛らしさだ。
「ギルフォード、外套を羽織れ。今宵は私と寝床を共にすればいい」
ギルフォードは素早くシュナイゼルから外套を取り返すとロイドの拘束を潜り抜けて外套を羽織った。そうすると若干身長が縮んだだけにも見える。シュナイゼルは両手をあげて降参の意を示す。ロイドは名残惜しげだったがぎらつく刃の殺意に押されて唸りながら手を引っ込めた。
「姫様、ありがたく」
「いいからさがれ。兄上、私もこれで失礼します」
ギルフォードの肩を抱くようにして部屋から出ていく妹をシュナイゼルは羨ましげに見た。
「あぁ、まったく。奪われてしまったね。やれやれだ。やけ酒と、いくかな?」
「女性化させたのは僕なんですけどねぇ…ずるいなぁ、皇女殿下はぁ」
ロイドは深く嘆息して天を仰いだ。ひょろりとした手脚が不満げにじたばたと動いた。
「大丈夫か、ギルフォード…なのだ、な?」
「はい。帝国第二皇女コーネリア・リ・ブリタニア様の騎士、であるギルフォードです。必要ならフルネームを暗唱いたしますが」
「いらん。なるほど、ロイドの薬、か…いつ盛られた?」
コーネリアは抜き身だった剣を収めると物珍しげにギルフォードを見た。往来から個室に入ってしまうとコーネリアの興味が一心にギルフォードへ向く。外套を羽織っている分には、勘のいい輩が身長の差に気づく程度だ。膨らんでいるとはいえ、コーネリアほど豊満な胸ではない。むしろ貧乳と言われる部類に入るだろう小ささだ。だが男物の衣服は着づらいらしく胸のあたりが少し苦しそうだ。
「そ、それがはっきりしません。カプセルなどに入れられれてしまえば、吸収される時間帯自体を調節できますし…て、姫、様?」
説明するギルフォードをよそにコーネリアの関心は少しふっくらしただけのギルフォードの胸へ向いている。ふにふにと握り触ってみたり、揉んでみたりしている。
「いや、あのマッドサイエンティスト、よくも私の好みを知っていたなと思ってな…私は無駄に脂肪がついて大きいより、小ぶりで締まりのある方が好きだ」
ギルフォードの血の気がザーッと音を立てて引いていった。
「ひ、姫様? 私は今は女性ですが本来は男性で、いやでも、あの」
コーネリアがくすっと笑った。豊かな紺藍の髪と紫の瞳が楽しげに笑んでいる。藤色に彩られた唇が艶っぽく笑う。
「今は女だ。せいぜい孕まないように気をつけろ…兄上もロイドもお前を狙っているぞ」
「はらみません! はらんでたまるか!」
限度を迎えたギルフォードが激昂するとコーネリアはサディスティックに笑んだ。くんと頤を捕らえて上を向かせる。今は女性である所為か、喉仏もなく細い首がすっきりと影を落としていた。
「主にそのような口を利くか。そうくるなら、私も強気に行こう…仕置きが必要だな?」
「ひ、め、さま?」
ギルフォードの目は無垢にコーネリアを見上げてくる。うずうずするような征服欲と庇護欲がわき起こってくる。コーネリアも堅い軍服を脱ぎ去り軽装になる。豊かな胸もあらわなそれにギルフォードがおたおたと目線を逸らす。
「こちらを見よ、わが騎士。今は女性だろう? 何を恥ずかしがることがある」
「わ、私は本来は男性だと…! 姫様もご存じの輩、ですから…」
「私が知るギルフォードは従順だ。何事にもイエスと答える。一度服を脱いで見せよと命じたら本当に脱ぎだして慌てて止めたこともあったな」
「無知でした。馬鹿でもありました」
「だが愛らしかったぞ。そして今のお前もな…ふふ、小さな胸だ。実にお前らしい」
あっけにとられるギルフォードをよそにコーネリアはあっさり唇を重ねた。コーネリアの在りようすら覚えるほどに長い口付けにギルフォードは喘いだ。
「ん、むぅ…」
コーネリアがようやくギルフォードを解放した時、彼はその細い肩を荒い呼吸で上下させていた。
「髪も瞳も変わってない。ギルフォード卿のままだな。ただ胸が膨らんだだけか、それとも…」
長い黒褐色の髪を梳くように撫でた手が胸のふくらみを掴む。その刺激にギルフォードはびくびくと体を震わせた。鋭角的なフレームの眼鏡の奥の薄氷色の瞳がすがるようにコーネリアを見ている。涙で潤んだそれは食べてしまいたいほど愛らしい。
「胸が小さいのもお前らしいな…お前は緩んだ体躯を好まない性質だろう。それよりは締まりのある体を選ぶか…ふふ、実に愛しいな、ギルフォードよ」
パチンとベルトのバックルが外されてズボンの中へコーネリアの手が滑りこむ。ギルフォードは痙攣したように体を震わせた。気づいたコーネリアが手を引き抜く。口を使って男っぽく手袋を外した。
「熱いな、ギルフォード」
ギルフォードが恥じるように頬を染めてうつむく。その仕草すら愛しく、様になっている。
「兄上やロイドがお前を愛でる理由が判る気がする。ふふふ、今は、私のものだがな」
「姫様…」
床にへたり込んだギルフォードは頼りなくコーネリアを見上げる。外套も今は脱げてその痩せた胸をさらしていた。必要以上に脂肪のついていない小ぶりで形の良いそれは、椀を伏せたようだった。未熟なようで、愛らしい。
コーネリアは衣服を脱ぎ捨てた。美しい裸身にギルフォードは照れながらも目をそらせずにいた。
「さぁお前も脱げ。女性同士だ、恥じることもない。むしろ恥じる心意気を恥じよ」
ギルフォードはゆっくりと衣服を脱ぎ捨てた。ブーツまで脱いで裸身になると、その体躯をコーネリアが愛しげに抱きよせた。触れる皮膚から融けあいそうに熱い。
「ふふふ、お前とこうして肌を合わせる機会があるとはな…」
月光に照らされたコーネリアの裸身は白く美しい。ギルフォードは自身の貧相な胸を見てから恥ずかしそうに視線をそらした。
「恥じるな、ギルフォード。お前は美しいと同時に、愛らしい…実に私好みだよ。いまならロイドに感謝してやってもいい…」
シャッとコーネリアがカーテンを閉めた。月光が遮られて部屋が夜闇に満ちる。触れてくる指先の感覚が鮮烈だ。その指先は融けてしまいそうなほど熱い。ギルフォードの体をゆっくりと、確実に暴いていく。
「さぁ、お前の熱い部分を深部を、見せてみろ…可愛がってやろう」
唇が重なり、ギルフォードの裸身はベッドの上へ押し倒された。体中を這うコーネリアの卓越した技術にギルフォードは背を反らし喉を喘がせるのが精一杯だった。
《了》