試しているの?


   74:忍ぶ人

 ティボルトは傲然とテーブルに両足を乗せた体勢で酒を呷った。行儀よく食事をしたりする場所ではなく小競り合いと取っ組み合いが常にどこかで起きるような場所だ。刃の煌めきと恫喝、嬌声や客寄せの声が混沌と交じり合う。それぞれが権利を主張し領域を広めようと手を伸ばす。それは壁を這って蔓を伸ばす植物のようだ。境界線は次第に曖昧となり強者がそれを決定する。ティボルトはこの場所に慣れているし気に入っている。血筋で言えば上等な部類なのだがこういう無法地帯のほうに慣れが生じている。喧嘩の腕と機転でこれまでを切り抜けてきた。ティボルトはこの無法地帯でもそれなりの地位にいる。
 上等ではない酒で喉を潤しながらティボルトはぼんやりとしていた。そうしているといつの間にか浮かび上がってくるのは隻眼の男だ。鳶色の短髪と芥子色の瞳。片目をふさいだままにするほどの深手に屈するでもなく逆上せあがるでもなく暮らしている。日々の生活に支障はないらしく不自由など感じさせないし、戦闘力もなかなかだ。戦闘の中で片目の視界がないというのは不利な気がしたがキュリオがそんな素振りを見せたことはティボルトが知る限りではない。彼の仲間の対応を見てもそうとしか思えない。
 目の前を無為に行過ぎる人々の群れが散らばり、人通りを少なくなった頃合にティボルトは席を立った。自身の境遇でも日々の不満でもないことに使った頭は痺れたように重かった。キュリオの家も知っている。隠れ住む彼らの寝床は巧妙に世間から隠れた場所にある。ふらつく足取りが自然とそちらへむいた。用事などない。むしろ警戒から派生する敵意にも似た目で自身が見られていることを感じている。
 クリーム色の長髪をしたフランシスコなどは警戒しながらも利用価値を認めているのか視線が柔らかいが、キュリオにいたっては明らかに警戒している。ティボルトのほうは彼らを事前から知っていたが、彼らから見ればティボルトは突然現れた謎に過ぎない。警戒心の一つも持つだろうし、持たないほどお気楽な性質ではない。
「…キュリオ」
それでもその名を紡ぐたびにささくれ立った気分が収まる。ティボルトはそれが好意だと気づいている。体をつなげたことも幾度かある。これは肉欲を伴う好意なのだ。
「…好きって、奴か」
石壁に頬を押し付けてズルズルと膝をつく。呷った酒は安酒で、味や風味より酔うために飲むようなものだ。そのうえ思考の堂々巡りでいささか悪酔いもしている。悶々と悩むのは性に合わないと判っていながら思考はキュリオのことで一杯だ。フランシスコは敏い性質だということが言動の端々から窺える。ティボルトの堂々巡りに気づいているかもしれない。
 響いた靴音と明かりにティボルトが顔を上げた。橙色に揺らめく焔は明かりを持つ手を舐めるように照らし、顔を浮かび上がらせる。ティボルトに目をすえて驚いている隻眼の顔が視認できた。
「…キュリ、オ」
「…ティボルト? なんだ、こんなところで…」
怪訝そうな顔にティボルトは笑った。寡黙で表情が変化しないキュリオだがそれだけに気づく人は明らかな違いに気づく。無表情に見えるがそうではない。変化が乏しいが、一つ一つは顕著だ。寄せられる眉根や眇められる目。真一文字に結ばれた口元は何か言いたげに歪んでいる。
 「何の用だ」
「そう冷たくするなよ」
クックッと笑いながらティボルトは立ち上がろうとしてよろけた。反射的に手を出してティボルトの体を支えたキュリオが酒の香に気づいた。ティボルトの白い指先がキュリオの頬を撫でる。色を帯びたそれをキュリオは容赦なく叩き落とす。
「本当に冷たいな。あの長髪にもそうなのか」
キュリオは応えずにティボルトを座らせて壁に寄りかからせると踵を返す。
「フランシスコを呼んでくる」
ティボルトの手がすばやく伸びてキュリオの外套の裾を引く。存外強い力と予想していなかったそれにキュリオの身体は呆気なく倒れ、ティボルトは唇を重ねた。酒の香が口腔に満ちてとろんと潤んだティボルトの蒼い瞳が間近に見えた。
 「…行くな。一緒にいろよ」
感覚的なそれは反射だった。ティボルトの思考は完全に停止し、腕の中のぬくもりだけが意識を保たせた。桜色の爪がキュリオを隻眼にした傷をなぞる。皮膚の薄いそこは敏感でキュリオは嫌がるように顔を背けた。それを見たティボルトは子供のように笑って唇を寄せた。閉じた目蓋を開こうとするかのように舌先をもぐりこませる。
「痛い!」
ぴくぴく震える目蓋。芥子色の瞳が痛みに潤んだ。キュリオはティボルトを引き剥がすと立ち上がろうとする。それを阻むようにティボルトはキュリオの上へ圧し掛かった。
 涙の滲んだ縁を紅い舌先が拭うようになぞる。肌を撫でる手はことごとく叩き落された。ティボルトは不満そうに鼻を鳴らす。
「なにが嫌なんだ」
「…ッ、こんなところでしてたまるか!」
「いつもだろう」
キュリオは隙をついてティボルトのしたから抜け出す。その肩を掴み喉を撫でて振り向かせると唇を重ねた。
「だったら、キスだけ。これくらいいいだろう」
 しなだれかかってくるティボルトの体は発熱しているかのように火照っている。酒が効いているのか、キスをするティボルトの目蓋は落ちかけている。ゆっくりとした瞬きをキュリオは無為に数えた。その間に唇は吸われたり舐められたりする。ついに目蓋が閉じて開かなくなったところでティボルトの身体が傾いでキュリオの肩へ顔を伏せた。
「キュリオは罪な人ですね」
明るい声にキュリオが目線を向ければフランシスコがにやにやと笑いながら二人を見ていた。眠ってしまったティボルトはそれに気づかない。
 「なんだ、罪って」
「あぁ、それが罪! 日々鬱積する思いは発露も許されずまた気づかれない。不毛な堂々巡りに疲れる気持ちは痛いほどに判りますよ」
大袈裟な動作で芝居じみた台詞を吐くフランシスコにキュリオが呆れた目を向ける。
「手伝え。つれて帰る」
「あなたの家に?」
「ここに転がしておくわけにもいかないだろう」
「まったく、これで下心は微塵もないんですから、あなたは本当に罪作りな人ですよ。期待するなというほうが無茶だ。まぁ、私は慣れましたけどね」
ブツブツ呟くフランシスコを急かしてキュリオはティボルトの脇から腕を差し込み、体を支えて抱き上げた。足を引きずるのは勘弁してもらおうとキュリオはぼんやり思った。二人で運んだティボルトをベッドの上へ放るように寝かせた。毛布をかけてソファで眠ろうとするキュリオの服の裾を強い力が引いた。
 ベッドの上へ倒れこむと唇が重なる。キュリオの身体へ腕を回して抱きしめてくる力は結構強い。酒が加減を狂わせるのか、振りほどくのは難儀しそうだ。ため息を吐いて力を抜くと楽な体勢を取る。キュリオの指先がティボルトの服の襟を緩めた。白い喉は女のように目を引く。尖った喉仏がティボルトが男性であることを教える。ティボルトが猫のようにキュリオの胸に頬を寄せ、擦り寄ってくる。濡れ羽色の髪は紺碧の艶を放ち、綺麗だ。元々がいいのか、緩やかに外を向いて伸びている髪は指どおりもいい。キュリオの髪は固いがティボルトの髪はフランシスコのそれに似ているかもしれないと思う。伸ばしたら綺麗だろう。
 「なんで一緒に寝てるんですか」
「腕が解けん」
「あっさり諦めないでくれます?」
こめかみと眉をぴくぴくと痙攣させてフランシスコが言った。笑顔が引きつっている。キュリオは面倒そうに眉を止せ、口を引き結んだ。
「不満そうですねぇ、あなたの変化って判る人には判るんですよ」
フランシスコはキュリオの額にキスをしてから長椅子の方へ腰を下ろした。
 ティボルトのとろんとした目がいつの間にか開き、キュリオを見つめている。キュリオはティボルトの方を見たがそのまま放っておいた。無理に腕を解こうともせず好きにさせている。ティボルトの指先がキュリオの服の襟を緩め、ベルトに伸びかけるのをフランシスコの声が邪魔をした。
「危険因子がいるので今日は泊まります。何かしようと思わないように」
ズバズバと言い放ってからフランシスコは毛布をかぶった。キュリオは呆気にとられた後で嘆息した。
「あるわけないだろう」
はからずしてフランシスコとティボルトは同時にため息を吐いた。


《了》

なんていうか人の考えを描写するのって難しいですね(身も蓋もない)
私のほうがグダグダしました。(さらにダメ)
もう後は誤字脱字がないといい、な…!            03/26/2008UP

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!