それは妙に目を惹く
 見入ってしまう


   70:深夜ドラマ

 道場の空気が凍って夜の訪れを知る。見上げる空は夜に落ちて黒々としており白い星星が煌めいている。熱心な門下生以外はすでに帰路に着き、残った彼らも藤堂に一礼して引っ込んでいく。藤堂も汗を袖で拭うと道具を抱えて道場を出ようとした。薄暗いそこに胴着のままの二人が待っていた。
「朝比奈…それにスザク、くん?」
二人の名を呼べば二人が二人とも嬉しそうに笑んだ。
 零れ落ちそうなほどに大きな碧色の瞳に毛先のくるくる跳ねた赤褐色の髪。歳のわりに早熟で理知的な瞳はキラキラと輝いている。藤堂が仕える枢木ゲンブの子息でもある。だがそれだけの権力下にありながらスザクはどこか鬱積した目をする。
「先生!」
「馴れ馴れしいよ、ちび」
飛びつこうとするスザクを制したのは朝比奈だ。暗緑色の短髪と同じ色の瞳。目が悪いのか丸い眼鏡を常時かけている。それはもう朝比奈の容貌に溶け込んでしっくり来る。若輩ながらその実力はかなりのもので判断力も俊敏さも兼ね備えている。藤堂を慕う思いは最早崇拝に近く、いっそ鈍感なほどの藤堂を見張るように朝比奈はその横へいつもいた。
 「お前に言われたくない! それにお前には関係ない! なんでいるんだよ」
「それこそお前に関係ないよ、ちび。それより、藤堂さん」
朝比奈がそばに抱えていた荷物を指し示した。朝比奈の肌は白く月光を浴びて仄白く輝くように見えた。暗緑色は濡れ羽色の艶を放つ。その瞳が幼子のように期待と興味に煌めいていた。眼鏡がキランと一瞬の星の瞬きを捕らえる。
「怖いビデオ借りてあるんです、一緒に見ませんか?」
「何考えてるんだよお前ッ」
藤堂が返事をする前にスザクが噛み付いた。藤堂はことごとく会話に乗り遅れている。ただ目を瞬くばかりの藤堂をおいて二人が睨み合った。
「ちびには訊いてないよ、ねぇ藤堂さん」
「先生!」
スザクの目が潤んだように光を放つ。困りきった藤堂が眉根を寄せる。その手を取って朝比奈が口付けた。紅い唇がふわんと触れる。
 朝比奈がとった指先を口に含む。熱く濡れた舌先が藤堂の指先を舐る。固い指先から皮膚の薄い指の股へと舌を滑らせタコの出来た武人の手を優しく撫でる。スザクは顔を真っ赤にして朝比奈に飛びかかった。取っ組み合いに発展する寸前で藤堂が二人を引き剥がした。スザクの小さな手が引っ掻いた紅い線が朝比奈の頬に走っている。同時に朝比奈のつねり上げたスザクの頬は赤く腫れている。
 「藤堂さん、こんなちび放っておいて」
「お前は黙れッ! 先生、オレだって」
二人が二人とも藤堂に縋りつく。すぐにでも取っ組み合いを始めそうな二人をいぶかしく思って藤堂は首を傾げる。朝比奈は決して短慮に走ったりしないし、スザクもその年頃にしては聡明な性質だ。普段は聞き分けのいい二人が何故こんなにいがみ合うのか藤堂はサッパリ判っていない。
 スザクの目からぽろぽろっと涙が零れた。思わずぎょっとする藤堂と朝比奈にスザクは乱暴に涙を拭った。
「だって、オレだって…オレだって先生と一緒にいたいのに…」
乱暴に涙を拭う様子から見るに、この涙はスザクの意に沿うものではないのだろう。しゃくりあげながら拗ねたようにそっぽを向いている。そっとスザクの元へかがみこんで目線を合わせる。涙に潤んだスザクの瞳が藤堂を真っ直ぐ見た。藤堂の大きな手がその頭をくしゃくしゃと撫でた。
 「じゃあ三人で見るかい」
スザクの顔が輝き朝比奈が一瞬だけ顔を歪めた。藤堂が朝比奈の方へ顔を向ける。
「スザクくんが一緒でもいいか」
藤堂が心細げに朝比奈を見た。かがんでいる所為か珍しい藤堂の上目遣いに胸を高鳴らせながら朝比奈は考え込む様子を見せた。藤堂の灰蒼の目がジッと朝比奈を見つめる。それだけで体中の全てが鳴動するかのように朝比奈の指先が震えた。鳶色の髪が明かりの色を帯びて艶めいた。襟から覗くうなじは健康的に日に焼けて夜闇の中ではくすんで見える。朝比奈の舌先が唇を舐めた。スザクも窺うように朝比奈の答えを待った。
 二対の瞳が朝比奈を見つめる。碧色と灰蒼の聡明な瞳。はねつけるのは簡単だ。けれどそうは出来ない強さが宿っているように瞳は煌めいた。灰蒼の瞳が劣情を煽る。孤高に煌めく瞳が親しみを宿してスザクを見つめ、朝比奈を見つめていた。藤堂の珍しい色に朝比奈は舌を巻きながら焦らすように唇をなぞった。ため息と一緒になにかを吐き出して朝比奈は笑った。その瞳の煌めきにスザクは刹那、敗北を感じた。そっぽを向く様子を満足げに眺めてから朝比奈は口を開いた。
「藤堂さんが構わないなら、喜んで」
「すまないな」
藤堂が立ち上がって朝比奈に礼を言う。穏やかに微笑したその瞳に朝比奈は笑い返した。
 「なーに言ってるんですか、オレは藤堂さんのためならなんだってしますよ」
驚きに目を瞬かせる藤堂の腰にスザクがしがみついている。その瞳は藤堂を逃がさないといわんばかりだ。スザクににやりと笑んで見せてから朝比奈は荷物を抱えた。
「じゃあ、どこで見ます」
「オレの部屋にビデオありますよ、先生」
スザクが会話に乗り遅れんと口を挟む。スザクも荷物を抱えて三人で更衣場へ向かう。帯を解く衣擦れの音に朝比奈が耳をそばだてるのをスザクが蹴っ飛ばし、二人が藤堂の死角で応酬する。振り向く藤堂には二人ともがにっこり笑って見せた。
 着替えを終えた三人が玄関をくぐり、スザクの案内で彼の自室へと向かう。和風のつくりをした部屋にテレビとビデオが備えてあった。
「この部屋は好きに使って構わないんです。ここでもいいですか?」
朝比奈はフンと鼻を鳴らしながら部屋を見渡し、藤堂はすまないと礼を言った。藤堂は簡素だが品のいい座卓の奥に腰を下ろすとビデオをセットした朝比奈とスザクがちょこんと両側に座った。
「近くで見なくていいのか?」
近すぎるのも問題だが少し遠いその位置に藤堂が首を傾げると二人が同時に口を開いた。
「藤堂さんと一緒に見たいからいいんです」
「オレだって先生と一緒に見たいんです」
二人が構わないならと藤堂は口をつぐんで画面に目を向けた。
 恐怖心を好奇心を駆り立てるBGMにスザクが体を押し付けてくる。朝比奈もしがみついてはいるがスザクほどの必死さは感じられない。スザクの早い鼓動が皮膚を通して伝わってくる。つんざく女の悲鳴にスザクがヒッと息を呑んだ。ちろりと目線を向ければ怯えきった表情で藤堂にしがみついている。藤堂のシャツを掴む指先が震えている。子供っぽく紅い唇は噛み締められて色をなくしている。
 「スザクくん」
「は、はい?」
零れ落ちそうな瞳が涙に濡れている。あまり残酷な描写こそないものの恐怖心を煽られた瞳は今にも泣きだしそうだ。
「大丈夫かい」
「だ、大丈夫です! オレだってこのくらい」
「なんだ、ビビッてんの、やっぱり子供だね、ちび」
嘲弄するような朝比奈の笑い顔にスザクがギロッと睨みつける。
「怖くなんかない!」
それでもスザクの体の震えは誤魔化せず藤堂に触れる指先が真白だ。
 「朝比奈!」
嘲弄する朝比奈を短く叱責した後で藤堂はひょいとスザクを抱え上げた。目をぱちくりさせるスザクをストンと胡坐をかいた膝の上に下ろす。その腕がスザクを抱きしめる。
「せ、先生?」
それでも藤堂の体に包まれているうちに震えは収まってきた。藤堂がリモコンをいじって適当にチャンネルを変える。流れているのは深夜ドラマで微妙できわどい描写に藤堂のほうが固まってしまった。
 朝比奈は不満そうに唇を尖らせたが何も言わずに藤堂の腕に体をもたれかけさせていた。藤堂の膝の上でスザクの鼓動が早鐘のように鳴り響いた。スザクは早熟なだけあって深夜ドラマの内容が判る。それでもそんなことはおくびにも出さずにスザクは画面を見つめた。藤堂のほうが抱えたスザクの処置に困っているのが判る。スザクはそれをいいことに藤堂にしがみつく。静かに確かに脈を打つ心臓の音。冷静な体はスザクが敬愛してやまない。朝比奈も目を閉じて藤堂の体を絡めた腕から感じている。
 藤堂は画面から目を離すとスザクの指先を見つめた。すでに震えは収まり唇も色を取り戻して紅く熟れたように艶を放っている。
「落ち着いたかい」
藤堂の言葉にスザクはゆったりと笑った。
「はい。ありがとうございます。でも」
スザクは幼いその頬を藤堂の胸にこすりつけた。
「もう少し、こうしていてもいいですか」
藤堂がスザクの髪を梳くように撫でた。その指先が髪を離れて小さな背中をさすってくれるのをスザクは悦んで受けた。温かな指先。無骨なそれが触れてくるのが愛しかった。
 スザクの目がぼんやりと深夜ドラマを映し出した。恐怖はない。だが後ろめたさのような落ち着かなさが芽生えるようにスザクの体を支配した。朝比奈を見れば腕を組んでその肩に頬を寄せている。けれどそれが常態なのか藤堂は咎めもしない。不満げに唇を尖らせるとスザクは目蓋を閉じた。

聞こえる鼓動が愛しかった。


《了》

久々に書いたわりには楽しかったな…!
誤字脱字ってチェックするけどありそうで怖い…          12/01/2007UP

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