さぁ、どうぞ?


   59:さあ存分にお食べ下さいな

 むくりと闇の中で体を起こす。寝る前に吹き消した明かりの入れ物が枕元にある。月明かりが煌々と射してそれだけで十分用は足せた。景時はそっと寝床から立ち上がると廊下をペタペタと歩いた。濡れ縁に立つと星星の瞬く夜空が見えた。寒い季節ほど夜空は美しい。かつて星を読むことを生業としていた頃を不意に思い出した。結局は中途半端に終わってしまったもののその職に就いたことを後悔はしていない。ただ戦に出るだけでは得られぬものもきっと得たと信じている。
 その時不意に腹が鳴った。
「え…っと」
腹が鳴った途端に空腹と喉の渇きを思い出す。夢の中ではひどく疲れていたような気がするのだがそれも曖昧だ。ただ飢えと渇きだけが鮮烈に残っている。景時はそっと炊事場へ向かった。ちょっとした軽食なら作れるだろう。香の調合などを器用にこなす景時は大抵のことをこなしてしまう。本人は浅く広いだけだよとうそぶくがそれらは景時の努力の証であることを周りの人間は知っている。炊事場に点った明かりに首を傾げる。九郎でも起き出しているのだろうかと顔を覗かせると見えた人影に景時は驚いた。
 鶯色の短髪。弓を引くその肩は思ったより広い。夜着という軽装だがたすきをかけて作業をするのは様になっている。振り向く顔はまだ幼く眼鏡が妙にしっくりくる。
「景時さん?」
「譲くん…」
譲は普段から食事を女衆に混じって作っている。元来手先が器用なのだろう、彼は珍しい料理を作っては八葉の皆を感嘆させていた。神子と彼の兄である将臣だけはなじみがあるのか懐かしいような顔をしていた。
 「どうかしたんですか?」
「うん、ちょっと、おなかすいちゃってさ…何かないかなぁって思って」
譲がクスリと笑った。鶯茶の瞳が愛しむように景時を見る。
「俺でよかったら作りますよ。俺もなにか作ろうかと思ってきたんですから」
「あぁ、じゃあお願い」
景時が土間と部屋との境目の段差に腰を下ろした。膝の上に肘をついて面白そうに譲の作業を見ている。譲はテキパキと作業をこなし、すぐに美味しそうなにおいがしてきた。
 「どうぞ」
「うわー、ありがとう」
美味しそうなそれを手に取ると景時がすぐにかぶりついた。途端に走る熱さに景時ははふはふと口の中で転がして冷めるのを待った。暑さの収まったそれを咀嚼して嚥下すると譲が面白そうに景時を見ていた。
「譲くんは食べないの」
「え?! あ、あぁ、いただきます」
熱いそれをフーフーと冷まして口に運ぶ仕草はちんまりとしていて行儀がいい。
 景時がその箸の上げ下ろしの作法に目を見張った。小皿に取り分けた夜食に箸もつけずに見入っている景時に譲が気付いた。
「景時さん、食べないんですか? もしかして不味いですか」
「えッあ、あぁー食べるよ、食べる、いただきまぁす」
景時が慌てて口をつけてはその熱さに目を白黒させている。
「落ち着いて食べてくださいね」
クックッと肩を震わせながら言った譲の言葉に景時の頬が赤らんだ。
「笑わないでよー」
「すいません、可愛くって」
譲が眼鏡を外して笑い涙を拭った。眼鏡を取った譲は意外と男前だ。鶯茶の瞳が髪の色とよく馴染んで見苦しくない。思わず見惚れた景時に譲は目を瞬いた。
「景時さん?」
「えッあ、ご、ごめん!」
途端に夜食をかき込む景時の様子に微笑を浮かべながら譲が眼鏡をかけなおした。眼鏡をかけると理知的に見えるから不思議だ。譲は理知的な外見とは裏腹に激情の持ち主であることを景時は最近知った。
 食べ終わった小皿をたらいの水に浸すと景時はすごすごと退散しようとした。その腕を不意に強い力が引きとめた。その勢いのままに押し倒されて板張りの床に仰向けに押し倒される。
「ゆ、譲くん?」
「景時さん、俺、俺――」
景時がきょとんとしたままだ。夜着の襟が乱れて鎖骨や裸の胸が覗いた。景時の皮膚が明かりの焔色に染まった。日に焼けた皮膚は艶やかで色を誘う。
 「ずいぶん面白いことしてますね」
突然降った声に景時と譲の両方が目を向けた。明かりを手にした弁慶がそこに立っていた。黒い外套をかぶっていない上に夜着だ。その所為で一瞬、誰だか判らなかった。鮮やかな金茶の髪が焔色の艶を放ち、聡明な茶褐色の瞳が睨むように重なる二人を見ていた。
「あなたには関係ないです」
はねつける譲に弁慶は臆することも退くこともしない。明かりを置くと押し倒された景時のもとへかがみこんだ。
 「あなたを襲うなんて…僕だってしたいくらいなのに」
「えッ?!」
弁慶は一瞬楽しげに景時を見た後に譲の方へ視線を向けた。
「仲間に入れてもらえませんか?」
「ずいぶんですね」
不満げに唸っていたが譲は最後には折れた。弁慶が満足げに微笑する。
 弁慶の白い指が景時の頬を這う。鎖骨の狭間に嵌まった宝玉を撫でてから景時の髪を梳く。深い海面の色をした髪がさらりとなびく。眠っていた所為かいつもは上がっている前髪がおりていて、実年齢より幼く見える。天河石の煌めきを見せる瞳は不安げに譲と弁慶の上を行き来した。
「ね、ねぇ二人とも…な、に?」

「いただきます」

二人の声が揃って聞こえた直後に二人の指先が夜着の奥へと滑り込んできた。
「えッ、えッ、えぇえー?!」
景時の間抜けた悲鳴が夜のしじまを揺らした。


《了》

結局ギャグオチ? 訳が判らなくなってき(黙れって)           11/16/2007UP

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