あなたの胸や背に描く
49:星座を描く
夜も更けた時間帯に気がひけたがルシードは扉をノックした。ティセが毎日掃除してあるだけあって廊下は綺麗だ。室内灯が煌々と廊下を照らす。ティセの部屋を挟んだ隣にある部屋の主はゼファーだ。ルシードはその扉をノックした。
「どうぞ」
響いた声にルシードは生唾を飲み込んだ。ルシードの手がゆっくりとノブをひねって扉を開く。開いた隙間にすばやく体を滑り込ませて扉を閉じると机に向かっているゼファーが見えた。ベッドも部屋も綺麗に整っている。
自他共に認める博識さを持つゼファーの本棚は非常にバリエーションに富んでいる。趣味の盆栽や石、娯楽小説に思想や哲学、果ては経済。一長一短には言えないが図書館にも匹敵しそうだとルシードは思っている。幼い頃からゼファーは一歩先を行く子供だった。一を聞いて十を知るがごとくに聡明な子供だった。悪戯や粗相なんかもそれなりにしているのだがそんなことは欠片も感じさせない。ルシードの目にはただよく出来た子供として映っていた。
ゼファーが椅子に座ったままくるりと振り返った。机の上には分厚い本が置かれている。その半分ほどまで読んだのか栞をそこに挟んでゼファーが席を立った。
「珍しいな、こんな時間に」
長い栗色の髪がさらりと滑った。腰ほどまでの伸びた髪は流水のように明かりを反射してうねった。豊かな髪。鋭いその瞳は暗緑色。一見すると黒色に見える。背もゼファーの方が幾分か高い。ルシードは悔しいことにその身長すらゼファーに追いつけてはいない。
ルシードの手が不意に明かりの電源を切った。唐突に降りた闇にゼファーが目を瞬かせる。ベッドの上に押し倒すとベッドが二人分の重さに軋んだ。ルシードの紅い瞳は暗色を増して蘇芳色になる。血色にも似たそれにゼファーの背筋が震えた。ゼファーはそれを押し殺して問うた。なんでもないように普通なように。ゼファーの声は驚くほど平坦だった。
「どうした? お前らしくもない」
「…お前のこと考えてたら眠れなくなった」
ゼファーが喉を鳴らして笑った。猫のようなそれに体を震わせる仕草に胸を高鳴らせながらもルシードは不満げに唸った。
「笑うな!」
「いや、すまんすまん」
ゼファーの脚は任務の際に負ったとかいう傷で不自由だ。それでも日常生活に支障はないらしく普通に生活しているし街へ出る用事すら頼まれればこなすほどだ。ただ俊敏さと判断力、反射神経を要する最前線の任務には無理があるらしく第一線を引退している。ルシードの補佐についているが実質的にはまだリーダーとしての任を引き継いでいる面が精神的にはある。我の強いブルーフェザーの誰もがゼファーの意見は素直に聞くほどだ。現場から退いていても実力がある奴なのだ。
「言うんじゃなかったぜ」
「まぁそう言うな」
ゼファーはクスクスと楽しげに笑っている。押し倒されてもなお余裕を失わない。
「襲うぜ」
「もう襲っているだろう」
ゼファーはしれっと言い放つ。ルシードの方が蹈鞴を踏んだ。長いゼファーの髪はベッドの上でうねっている。広がる茶褐色が流水のように滑る。ルシードは指先に絡めた髪に唇を寄せた。ふわんと石鹸の清潔な香りが漂う。サラサラと滑る髪はつかみ所がない。指を絡めても次の瞬間には解けている。ふわりと漂う香り。
長い髪にキスするルシードを見ながらゼファーはルシードの好きにさせていた。押し倒しはしたもののルシードは無遠慮に体を求めたりはしなかった。ただ戯れるように髪に指を絡めて唇を寄せるだけだ。ゼファーの方もそれならと許している。ゼファーの指先がルシードの胸に這った。何かを描くかのように指先が泳いだ。衣服の上からながらも指先の動きが感じ取れた。カーテンの隙間から漏れる光が二人の皮膚を仄白く照らした。
「今、空にあるのは何の星座だったかな」
「知るか」
ゼファーの手がルシードの上着の留め具を外した。肘の辺りで止まるそれに逆らわずシャツへ手を伸ばす。黒いシャツをたくし上げて裸の胸や腹へ指先を滑らせる。ルシードは好きにさせながらゼファーのコートのバックルを外した。蝶の翅をあしらったそれはゼファーによく似合った。白いコートの中、黒いシャツをたくし上げて胸を露にする。ゼファーはそれに逆らわずに好きにさせていた。
ゼファーの指先が動くままに任せてルシードは同じように指先をたどった。互いの胸へ指先を這わせる。少し冷たい指先が体温に馴染む。ゼファーは指先を震わせた。ルシードの指先が不意に下腹部へ伸びた。ゼファーが身震いするとルシードは満足げに微笑んだ。
「判ってるんだろ?」
「さぁな」
ゼファーの指先は熱心にルシードの胸へ星座を書き付ける。博識なゼファーの知識に口を挟む余地などなくルシードはされるがままだ。それでいて好きなように指先を這わせる。身震いするゼファーを哂うようにルシードは指先をひらめかせた。
「…やらせろよ」
「そのつもりだったんだろう」
ゼファーが笑うように言うとルシードは観念したかのように笑んだ。
「敵わないな」
ルシードが唇を重ねた。皮膚一枚の裏で流動的に蠢く熱。ルシードの唇は熟れたように紅く目を引いた。皮膚がすごし白いだけにそれは目に付いた。ゼファーは構わず唇を重ねる。
「星座じゃなくてオレを見ろよ」
ゼファーがルシードらしい物言いにクックッと笑った。ルシードが途端に噛み付いてギャンギャン喚く。
「笑うんじゃねぇ!」
「いや、お前らしいと思ったらつい」
言いながらゼファーはクックッと笑っている。喉を震わせて笑う様子は猫にも似ていた。ゼファーが不意に唇を重ねた。伝わる温度。とろけるようなそれにルシードは酔った。
「ワガママだな、我が強い」
「悪かったな!」
ゼファーの冷静な声にルシードは噛み付く。ゼファーは笑い涙を拭いながら言った。
「悪いとは言ってない」
「いってるんだよ態度が!」
ゼファーの指先がルシードの胸を這う。星座を描くその指先が動きにすら魅了される。ルシードはその指先を振り払ってゼファーの胸に舌を這わせた。濡れた舌の感触にゼファーがビクリとおののいたものの、ルシードは止めることなく舌を這わせた。ゼファーが体を震わせる。
「好きだぜ」
「あぁ俺もだ」
ルシードは唇を重ねた。とろけるようなそれに境界線が曖昧になる。ルシードはその唇の感触に酔った。潜り込む舌先がゼファーを犯した。
《了》