冗談? 本気?
私はいつだって
45:白と黒の領地争奪遊戯
夜もだいぶふけて明かりの点る家自体が少なくなった。ぽつぽつと点るそれは空の星々よりも少ない。ティボルトがよくいるという店を探して歩いている。あれからフランシスコは何度か訪れているのだと聞いていた。それでいてフランシスコからティボルトの話題をふることがないのだから情報は皆無に等しい。かくまい育ててきた少女のことやその本名、優れた剣の腕前など聞きたいことは後から後から溢れてくる。
路地裏に店先を広げる店は真っ当さなど欠片もない。通路にまではみ出して置かれたテーブルや椅子。暗がりで抱擁する人影や胸元の開いた服を身に付けた女性など圧政の元でも栄える場所は栄えるものだ。入り組んだ路地をぬけて開けた場所へ出たと思った途端、見知った色がそこにあった。
長い髪はクリーム色をしていて手元の明かりが届く位置だけが焔色に揺らめきあとは薄蒼い艶を放っている。蘇芳色の瞳は熱心に手元を眺めている。歩み寄るにしたがって彼らの姿があらわになる。フランシスコと向かい合わせに座っているのはティボルトだ。彼は闇に融けていきそうなほど艶やかな黒髪をしている。深い蒼色の瞳は闇に紛れて濃紺に見えた。二人とも皮膚は白く、月明かりを浴びて仄白く輝いてすらいそうだった。月明かりが二人の陰影をくっきりと映し出す。フランシスコは口の端を上げて微笑し、ティボルトは眉を寄せている。
気配に気づいたフランシスコが顔を上げたその顔が嬉しげに微笑みキュリオを手招いた。
「どうしたんですか、あなたがこんなところに来るなんて珍しい」
「…いや、ティボルトに会いたくて」
その言葉にティボルトが顔を上げた。フランシスコがムゥーと不満げに唇を尖らせた。
「私に会いたくてじゃないんですか」
「お前に会いたければお前の家に行っている」
ズバッと切り返されてフランシスコが黙る。
キュリオが二人の手元を覗き込んだ。卓上ゲームをしているようだ。情勢は拮抗しているもののフランシスコの方がいくらか優位のようだ。フランシスコは心なしか浮かれている。上機嫌なのか余裕で眉を寄せるティボルトを見ている。いつになく真剣な二人の様子にキュリオは憶測を口にした。
「何か賭けているのか?」
「いい勘してますね」
フランシスコがにこりと笑った。ティボルトは唇をゆがめて言葉を吐いた。
「お前を賭けている」
「は?」
「ちょっと!」
泡を食うフランシスコの様子にティボルトが冷笑した。ゲーム盤から顔を上げてキュリオの方を見る。白い指先が二人の間で体をかがめていたキュリオの下顎を捕らえた。
「勝った方がお前を抱けることになっている」
キュリオの顔にみるみる朱が上る。フランシスコは覚悟を決めたのか平然とキュリオを窺っている。キュリオはティボルトの手を叩き落すとゲーム盤を殴りつけた。駒がカランカランと音を立てて四方へ散る。
「ふざけるな!」
「おやおや」
キュリオの手が乱暴に残った駒をかき乱し、二人を順に睨みつける。
二人は予想していたのか怒ることもなくキュリオの様子を見ている。キュリオが怒ったように踵を返す。それを二人がすばやく追いかけた。入り組んだ路地は見る間に方向性を失い自分の位置すら判らなくする。ティボルトは勝手知ったる界隈な所為か平然としているがキュリオとフランシスコは違う。怒りに任せて闇雲に歩いた結果キュリオはあっという間に自身の位置を見失った。周りの人影はおろか風景すら同じに見える。おまけに時間帯が悪かった。夜闇に沈んだ街は相違点を見えにくくした上に不意打ちのような暗がりが増えた。伸びてくる腕を払いながら歩くのをティボルトは平然として眺めている。
フランシスコも必死に己の位置を探っている。
「どうした?」
ティボルトは意地悪く訊いた。キュリオは怒ったように眉を寄せ唇を真一文字に結んだ。引き締まった口元はそれだけで綺麗だ。ティボルトはそれを心ゆくまで観賞した。キュリオの唇がふるえるように開かれ、おずおずと音が紡がれる。
「ここは、どこだ」
途端にティボルトが体をよじって笑い出した。あからさまに笑われてキュリオは不愉快さを表に出す。
「ちょっと待ってください、本当にわかりませんよ」
ため息をつくフランシスコの様子にティボルトは笑い涙を拭った。
「仕方ないか、おい、二人相手に耐える自信はあるか?」
「どういう意味だ」
「俺とコイツに抱かれる気はあるかと訊いている」
ティボルトの指先が無造作にフランシスコを指差した。
「お前…!」
「気がないなら構わない。夜は長いぜ」
ティボルトは平然と腕を組んで近くの壁に寄りかかった。
ティボルトの細い体躯をキュリオが苦々しげに見つめた。入り組んだ路地は無造作に伸びている。日が昇ってもそれは変わらないだろう。こういう界隈は不意に紛れ込んだ異分子にはとことんまでに不親切だ。道を尋ねても彼らは気だるげな目線を向けるだけだ。キュリオはため息をついた。
「…判った」
「ほう、覚悟がついたか」
ティボルトは楽しげに笑う。キュリオは苦々しげにそれを見た後ティボルトの方へ体を向けた。フランシスコはそれを見てティボルトの方を油断なく窺う。
ティボルトが先にたって歩き出す。キュリオとフランシスコは慌ててその後を追った。入り組んだ路地を抜け人の家の庭先のような小道を歩いて運河沿いを歩き少し見慣れた辺りに出た。ティボルトがマントを翻して振り向いた。夜闇に黒色のマントが融けた。
「抱かせる約束だな?」
「…判った」
ティボルトは不意に噛み付くように激しく口付けた。ティボルトの白い皮膚の中で唇だけが妙に紅い。その紅さが目を惹き目蓋の裏の残像にすらなった。
その間にもフランシスコの指先がキュリオの衣服の留め具を外していく。滑り込んでくる二人の指先が対照的だ。フランシスコは発熱してるかのように熱く、ティボルトは水に浸していたかと思うほど冷たい。対照的な指先の動きにキュリオの体がすぐに酔った。
「素直な奴も嫌いじゃないぜ」
キュリオは黙って目を閉じた。
《了》