夜になく声は
 甘く甘く


   19:小夜鳴鳥

 食卓においしそうな香りが満ちた。席に着いているフランシスコの蘇芳色の目が輝いた。色々と細々した用を片付けているうちに夜になった。夕食を摂らずにベッドに横になろうかとしていたときにフランシスコがひょこりと顔を出したのだ。渋るキュリオをせっついてフランシスコは料理を作らせた。残り物や余り物の惣菜だがフランシスコは文句も言わずに箸をすすめた。おいしそうに料理を頬張るフランシスコの様子にキュリオが苦笑した。
「美味そうに食うな」
「美味しいですよ。キュリオ、上達しましたね」
 蘇芳色の目が見上げるようにキュリオを射抜いた。キュリオはそれを軽く受け流しながら食事をすすめた。
「だいぶ、慣れたからな」
キュリオは子供の頃、剣戟などを好んだわりに絵を描いたりして手先が器用でもあった。
「そう、ですね」
 フランシスコが目線を落とした。本来なら好んだ剣戟で職に就いたりしているはずだったのだ。それが一夜にして運命を変えられた。流れた血や喪った命を思えばこそ、今日までなりふり構わずに生きてきた。守り抜くと誓った少女に無理を強いている。それでも生きていくために必死だった。その素性を隠すために少女を少年として扱っている。年頃になった彼女はそれに齟齬を感じているのか妙に突っかかったりしてくる。その少女がまだ幼い頃、少女をかばってついた傷はキュリオを隻眼にした。
 「まったく、びっくりしたんですよ」
フランシスコが苦笑しながら手を伸ばした。白い指先がキュリオのふさがった目蓋に触れる。生々しい傷痕は時に桜色や肉色に変わり存在を誇示してくる。
「貴方が血まみれで帰ってきたときは」
「あの時は不覚を取っただけだ」
フンとキュリオがそっぽを向くとフランシスコの指先が離れた。名残惜しそうなそれをキュリオは払いのける。
 不意にキュリオが開け放たれた窓の方を見た。まだ暑いこの頃は夜になっても窓を開け放している家が多い。熱心に見つめるその視線を追って目を向ける。キュリオはフランシスコのことなど忘れたかのような熱心さだ。
「キュリオ」
それに気付いたフランシスコが非難の声を上げる。
「ん、あぁ…」
キュリオが思い出したように食事をすすめた。それでもその仕草は心もとない。
「なにか?」
「…今、聞こえたような気がしたんだ」
フランシスコは首を傾げて先を促がす。キュリオは意味もなく考えにふけったり人を無視したりしない。まして食事中ともなればなおさらだ。
 「鳥の声だと思うんだが、聞こえたような気がして。珍しいなと」
「小夜鳴鳥ですかね」
「は?」
「ナイチンゲールとも言いますね。夜に鳴く鳥ですよ。その声はとても美しいんだとか」
フランシスコは箸をすすめながら穏やかに微笑した。フランシスコがガタリと席を立つ。その足が座ったままのキュリオの方へ歩み寄る。
 白く細い指先がキュリオのうなじを這い、襟を緩める。喉を撫で、尖った喉仏を這いまわる指先が押した。息苦しさに眉を寄せるとフランシスコが楽しそうに笑んだ。首に腕を回して抱きつく。白い頬を猫のように摺り寄せてくる。それを煩わしそうにキュリオが払う。フランシスコはあっさりと引き下がった。その頬に唇を乗せてくる。
「やめろ」
「過敏な人ですね」
くすくすと喉を震わせてフランシスコが笑った。その顔をぐいと押し退けられてフランシスコはプゥッと頬を膨らませた。優男の彼がそんな仕草をすると恐ろしく若く見えた。
 フランシスコはキュリオの手を取って指先を口に含んだ。濡れた舌先が爪を舐めて肉の部分を甘く吸った。ちゅっと音をさせて吸う仕草にキュリオの頬が赤らんだ。フランシスコの目が悪戯っぽくキュリオを見た。
「可愛い」
キュリオはそれを振り払うように引き抜いた。フランシスコはキュリオの耳を穿つように舌先を潜り込ませながら囁いた。
 「ナイチンゲールでよかったですね。化け物の声よりマシでしょう」
「…確かにな」
穴を穿つように舌先が潜り込み、耳朶を甘噛みする。性的な色合いを含んだそれらをキュリオは振り払った。
「やめろ!」
「ちぇ」
ふぅッとフランシスコがキュリオの耳に吐息を吹きかけた。ざわざわと背筋のあわ立つ感触にキュリオが体をブルリと震わせた。その様子にフランシスコが笑いをこらえる。
「相変わらず、弱いんですね」
幼い頃から一緒にいる所為か互いの具合は知り尽くしている。苦手なものも好むものも大体見当がつくほどだ。
 「あなたは素質、ありますよ」
「何の、素質だ…ッ」
耳朶で囁かれ、吐息が耳にかかる。ゾクゾクする感触に背筋を震わせながらキュリオが言った。フランシスコはクックッと笑うだけだ。キュリオの唇を指先がなぞって離れていく。
「犯される、素質」
「殴るぞ」
こめかみを引きつらせるキュリオにフランシスコは諸手をあげて降参した。大人しく食卓につくと食事を再開する。
 「食事が終わったらあなたを襲ってもいいですか?」
げぶっとキュリオが噎せた。顔を背けて激しく咳き込んでいる。その隻眼が息苦しさに潤んでいる。芥子色の瞳は夜闇の暗さを帯びて鳶色になった。
「お、おま、お前…ッ」
げほげほと咳き込みながらキュリオがフランシスコを指差す。その指をぐきりと逆手にひねるとキュリオが激しく痛がった。隻眼の眦まで涙が盛り上がっている。慌てたようにひねられた指先をさすったりしている。
「キュリオ、人を指差すなんてしつけがなってませんよ」
「お前に言われたくない!」
「えーなんでですかー」
ぷぅーとフランシスコは頬を膨らませる。キュリオはそれを無視して食事をすすめた。
 フランシスコはキュリオが食べ物を口に含むのを見計らって言葉を発した。
「あなたの可愛い声が聞きたいな」
「…ッお、お前ッ!」
キュリオの顔が真っ赤だ。フランシスコはふふんと笑った。
「可愛い声ですよね、小夜鳴き鳥にも負けませんよ」
フランシスコはテーブルに置かれたキュリオの手に指先を這わせた。
「ねぇもっといいことしましょうよ」
身を乗り出してくるフランシスコの唇を、キュリオは拒否しなかった。


《了》

終わらなくて困った(技量不足) でもフラキュリ、楽しい…!            08/25/2007UP

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