音も無く近づいてくるあなた


   16:影の無い人

 トツトツと連れ立った足音が石畳の上を響く。すっかり夜に沈んだ道を二つの足音が通る。生成り色の髪は毛先で軽やかにカールして天使のような巻き毛をかたちどっている。細く白い手を後ろで組んでクルンと軽やかにターンした。それを精悍な顔立ちの青年が呆れたように見ている。目尻の下がった浅葱色の目が漏れてくる明かりに照らされて宝石のように煌めいた。白い頬が薔薇色に染まっているのが判る。少年が楽しげに後をついてくる青年を見つめた。
 「ずいぶん陽気だな」
呆れたようなキュリオの言葉にペンヴォーリオはにっこりと笑った。その容貌は天使じみている。白い肌に浅葱色の瞳はよく映えた。華奢な体は彼の育ちの良さを表している。必要最低限の筋肉に覆われた体は肉体労働とは無縁であることを示し、陶器のような脆さは高貴さをかもし出した。
「だって、嬉しいですから」
「外食がか」
キュリオが目を瞬くとペンヴォーリオは一瞬顔を歪めたがすぐにくすくすと笑った。
「ちがいまーす」
 酒でも飲んだかのような陽気さにキュリオはため息をついた。まだ幼い体がキュリオに近づづく。肌理の細かい肌をした手の平がキュリオの頬に添えられた。ペンヴォーリオが伸び上がり、唇がふわんと触れる。子供体温なのか唇は火照ったように熱くその奥は溶けたように流動的な気がした。面食らうキュリオの様子にペンヴォーリオは子供っぽく声を立てて笑った。

 「面白いことをしているな、俺も混ぜろよ」

響いた声に二人が同時に目を向けた。ペンヴォーリオは警戒心も露にティボルトを睨んでいる。キュリオの目は驚きに見開かれた。黒色のマントを翻して壁に手をつき、傲慢に二人の行く手を塞いだ。
「…誰、ですか、あなた」
「世間知らずには関係ない。それより」
ペンヴォーリオをはねつけるとティボルトはキュリオに歩み寄った。下顎を捕らえて固定する。深い蒼色の瞳が闇色に蠢いた。
 キュリオが意識する前に唇が重なった。同時に潜り込んでくる舌は遠慮を知らずキュリオが後退るのを追っていく。ペンヴォーリオが怒りと驚きで声も出せないのをいいことに、ティボルトはさらに深く口付けた。唇が噛みつくようにキュリオの唇を吸った。
「…ッ、は…」
離れた唇の奥、舌先が銀糸で互いをつないでいる。覗く舌先は紅く目に灼きついた。ティボルトの舌先がからかうようにキュリオの唇を舐める。
 深い蒼の瞳に緑色がかかる。面白そうに目を眇めてキュリオを睨むように見つめてくる。
「驚きすぎだ」
「な、な、あ…」
ペンヴォーリオのティボルトを指さす指先が震えている。口をあんぐりと開けてわなわなと震えている。いささか良家の子息らしくない仕草にティボルトは哂った。
「お前も驚きすぎだ」
「何しているんですか!」
しれっとしたティボルトにペンヴォーリオが噛み付いた。その時点でキュリオはようやく動きを取り戻す。
 呆気にとられているキュリオをよそにペンヴォーリオは子犬のようにキャンキャンと喚いた。その目が潤んでいる。ティボルトは肩をすくめてそれを受け流す。
「何をしようと俺の勝手だろう」
「だからって、こんな、あんな…ッ」
「野放しにしておくほうが悪い」
ティボルトに反省の意志はない。その言動の端々でそれが感じられる。その眼差しが不意にキュリオを射抜いた。刃のように鋭く切り込んでくる。
 その口元がにやりと笑んだ。傲岸不遜な笑みにキュリオの眉が寄る。伸ばされた指先が目の上を走る傷痕に触れた。
「ずいぶんな勲章だな」
「気安く触らないでください」
その手をペンヴォーリオが掴んだ。どんなに天使じみていても少女じみていてもやはり男なのだとキュリオは思い知らされたような気がした。
 ティボルトは不愉快そうにその手を払う。
「打たれたくなければ大人しくしていることだな、元貴族様」
ペンヴォーリオが射殺しそうな視線でティボルトを睨みつけた。それを鼻で笑ってティボルトはキュリオの唇を指先でなぞった。
「物好きは意外と多いぞ、気をつけろ」
からかうように指先を滑らせ、興味をなくしたように振り捨てる。ティボルトからキュリオを守るかのような位置にペンヴォーリオが立ちはだかった。ティボルトは口元をゆがめて笑うと踵を返した。
 「おい」
クルンと振り向いた勢いのままにペンヴォーリオが口付けた。唐突なそれを避けることも拒むことも出来ずにキュリオは立ち尽くした。触れる唇は女のそれのようにやわらかく、触れた。
「…何をする」
「だって、ずるい…」
咎めるようなキュリオの目線にペンヴォーリオは目を伏せた。その白い頬が紅く染まっている。潤んだ浅葱色の瞳からは今にも雫が零れそうだ。
「僕だって、好きなんです…知ってるくせに」
 ペンヴォーリオはくるりと踵を返した。その言葉の意味を理解するのに時間がかかった。呆然としているキュリオをペンヴォーリオは振り返った。
「早く帰りましょうよ」
キュリオは頭を振ってペンヴォーリオの後を追った。


知らずに近づくあなたは
影の無い人


《了》

ムリヤリお題! 無理やり多くないですか?(良心の声)          08/19/2007UP

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