その分だけ
06:目隠し
呼び出されてきてみれば呼び出した張本人はいなかった。不機嫌そうに鼻を鳴らすと芝生へ腰を下ろした。スポットライトのように陽の光の当たるこの場所はマオとの隠れた逢瀬の場だ。ルルーシュが与えられたようにギアスの能力を持つ者。ただしその能力はルルーシュとは違い読心の能力だ。一定範囲内にいる者ならば個人の特定なく心を読んでしまう。制御されたルルーシュの能力と違い、それは野放図だ。
「あッルルー」
のんきに響いた声に思わず顔が緩みかけるのを必死に自制した。青灰色の髪を揺らしてヴァイオレットのゴーグルとヘッドフォンを取り去る。どこか猫を思わせる容貌をしている。長い手足は少年のそれのように伸びやかに動いた。
「遅いぞ、マオ」
「待っててくれたんだ、嬉しいな」
笑うとますます猫染みている。少し細めの瞳はその能力の所為か常に紅く揺らめいている。その揺らぎは水面でも眺めているかのようだ。広がる波紋。
得意げに笑いながらマオが歩み寄る。その様子にルルーシュが眉を寄せる。
「なんだ、マオ」
「ねぇボクが来て嬉しかった?」
「言わなくても判るだろう」
フンと鼻を鳴らすとマオが拗ねたように唇を尖らせた。
「ルルの口から聞きたいのにー」
「お前はすぐそれだ」
ルルーシュの顔がフワリと笑んだ。眉目秀麗。その笑みはまるで花が綻ぶような。
マオがしぱしぱと目を瞬いた。その白い頬が紅く染まっていく。
「ルル、すッごいキレーだったよ」
飾らない剥き出しの言葉にルルーシュのほうが赤面した。ルルーシュの白皙の頬が見る見る紅くなっていく。顔が火照る。マオの顔が悪戯っぽく輝いた。
「ルル、照れてるんだ!」
甲高い声が楽しげに笑う。ルルーシュは思わず顔を逸らした。マオの指先がルルーシュの頬をつついた。サラサラと滑る指先。きっと体液にまみれたことのない。
「ルル、可愛いね」
「お前に可愛いとか言われたくないぞ」
つつく指先を叩き落としてルルーシュが不満げに唸った。それでもマオは楽しげに笑ったままだ。紅い唇が弓なりに反って笑いをかたちどっている。
「ルルのほうが年下なんじゃないの」
「関係ないな…用はなんだ、人を呼び出しておいて」
マオは不満げに頬を膨らませた。年齢のわりに幼い仕草をよくする。不満げに唸っていたマオはそれでも後ろに隠していた手をルルーシュの眼前に突きつけた。長方形のタオルだ。市販されているのだろうそれはよく見かける白地のものだ。少し長い形。
「…それがどうした」
「ルルにボクからプレゼントー」
楽しげなマオの言葉の真意を問う前に目隠しをされた。
「――ッな?!」
「ルル、取っちゃだめだよ」
思わず手を伸ばすルルーシュにいっそ辛辣なほどはっきりとマオの声が投げかけられる。思わず手を止めたルルーシュの手をマオが押さえる。
「マ」
そこで言葉が呑みこまれた。ふわんと触れる温かなそれは。目隠しの奥でルルーシュは目を見開いた。灰色に染まった視界で一部がグラデーションのように黒く濃くなっている。触れるそこから互いの熱が行き交うような幻想を抱く。融けるようにとろけるように。視界がふさがれている所為か他の感覚器官がそれを補おうと総動員されている。過敏になった皮膚の上を熱く火照った唇と濡れた舌先が掠めていく。
「…マ、マオ」
マオの顔は見えない。
「えへへ、びっくりした? びっくりした?」
けれど笑っているだろうマオの顔が浮かぶようだ。細い目が眇められ紅い唇が弓なりに反る。猫のようにクックッと喉を鳴らして。
「ボクは猫じゃないよー」
「似たようなものだろう」
不満げに唸るマオにルルーシュは笑った。見えない顔。声の方向と気配だけで手を差し出すとマオが頬を寄せた。触れる肌は滑らかだ。それでいて陶器のように冷たい。白いだけに妙な感覚を抱かせる。
手の位置と頬の位置を推し量って唇を寄せる。触れたそこはやわやわと柔らかくぴくぴくと震える。それが目蓋なのだと気付くのに数瞬かかった。目蓋の縁を舌先がなぞり隙間に舌を潜り込ませるとたまらずマオが体を引いた。
「痛いよ、ルル」
「見えないんだから仕方ないだろう」
開き直るルルーシュにマオはなんだか不満げだ。ごしごしと目を擦る気配がする。
「ところでお前、プレゼントって」
「このビックリがプレゼントー」
ちゅ、と音をさせてマオがキスをした。そのキスは軽く、けれど何度も反芻するように。何度も何度も、繰り返し。ついばむような、キス。
「ねぇ感じた?」
ルルーシュの紅い唇が笑んだ。指先がなぞるようにマオの頬を滑り耳へと触れる。そこからまた頬をすべり唇へと降りてくる。
「あぁ、感じた」
手の平で触れながらルルーシュは笑った。手の平でマオが笑うのを感じ取る。躍動する筋肉の動き。それらは目で見るよりずっと雄弁な。
「続きはないのか」
「ないよ! ルルのエッチ!」
泡を食ったようなマオの様子にルルーシュは堪えきれずに吹き出した。途端にマオがキャンキャンと喚きたてる。子犬のようなそれはどこか愛らしい。閉ざされた目蓋の奥が熱を帯びる。気付く前にマオの指先が触れた。
「ルル、泣いてるの」
目から溢れてくるそれらは。ルルーシュの喉が笑おうとして引きつった。ヒクッと鳴る喉にマオが舌を這わせた。あまり目立たない喉仏を舌先でなぞる。
「珍しいね、ルルが弱気になるなんて」
手を離したら消えてしまいそうなそれが呟いた。ルルーシュはしつこいほど手を這わせた。手の平で躍動する筋肉を感じ取り、耳で音を感じ取る。ふさがれた視界は役に立たず、それ故に体は他の器官を過敏にした。
「ルル、ドキドキした?」
ルルーシュの涙など一向に頓着せずマオが問うた。その移り気が今はありがたかった。
「…あぁ、した」
「えへへ、ならよかった」
マオの舌先が溢れた涙を拭った。唐突なそれにルルーシュは思わず体をすくませた。
触れてくる直前に身を乗り出しキスをする。噛み付くような深いそれにマオが喘いだ。
「この馬鹿が」
「ルル、照れてるの」
ルルーシュはフンと顔をそむけた。その頬が赤らむのを止められなかった。
「馬鹿が」
「ひどーい」
けたけたと笑いながらマオが体を揺らした。その震えが心地好い。頬に触れる手の平は熱く、確かにそこに在ると。互いの頬に手を這わせながらルルーシュは笑んだ。
見ない分だけ、感じて
《了》