まっくらな、なかで


   04:まっくら

 唐突に濁った視界がクリアになった。思い出すそばから零れていくように夢だったものが消えていく。ただその不快感だけが色濃く残った。汗をかいたのか体を起こすとヒヤリと冷えた。額に手を当てれば手の平が湿る。塗りつぶされたような暗闇の中でベッドから出る。扉を開いて通路へ出る。寝静まったこの時刻に外をうろつく輩は皆無らしくただ静寂だけがそこにあった。
 冷たい壁に頬を寄せるように寄りかかる。熱がそこから逃げていくように壁がぬるんでいく。温んだ壁は境界線を曖昧にした。夜はけして嫌いではない。塗りつぶしたような闇夜も星の瞬く夜空も、道場にいた頃はよく眺めたものだった。昼間と違って凛と冷えた空気は心地好かった。夜闇の中に身をおくだけで引き締まるような感覚を覚えた。
 「珍しいな」
朗朗と響く声。目をやれば小柄な仮面。黒くてらてらと通路の明かりを反射する仮面。その奥の素顔は未だに窺い知れない。判断力と行動力は秀逸だ。それでいて敏捷で柔軟。リーダーとなるにはこれ以上ないほどの適任といえるだろう。背丈からいえばまだ少年のような気がするのだがその頭脳は少年のそれを越えている。
 「ゼロ」
「眠れないのか、藤堂よ」
藤堂がゆったりと笑んだ。ゼロがその仮面の奥で息を呑んだことには気付かない。妖艶に艶然と笑った。他者を寄せ付けずそれ故に魅了される。手に入らないと判っているものほど、強く欲する性のように。
 「夜空は昔、よく眺めていた。瞬く星星は綺麗だ。己の小ささに、ただ広大なそれに、身が引き締まった」
ゼロが笑んだような気配がした。仮面は素顔と感情を押し隠す。それでも、ゼロが笑んだらしいことがその小柄な体躯の端々から感じ取れた。
「奇跡の藤堂はロマンチストなようだな」
藤堂が驚いたように目を瞬いた。
「なかなか、可愛い趣味をしている」
 鋭い眼光は消え、鳶色の目が不思議そうにゼロを見つめていた。その唇が弓なりに反る。
「朝比奈のようなことを言う」
「ほう、言われたのか」
言葉尻を遊ぶように捕らえてゼロは肩を揺らした。つるりとした平坦な仮面。その奥には一体何が。けれど知らないほうがいいことがあることも藤堂は経験から知っていた。時が満ちればゼロから明かすだろうと思っている。それは無条件の信頼。自身を助け出した恩だけでない何かがそこに。
 仮面が天を仰いだ。それだけで見えない空が見えるような気がした。
「奇跡の藤堂、は火種になっているようだな」
「何か不穏な動きでも」
反射的にそう問い返す藤堂の様子にゼロはまた肩を揺らして笑った。クックッと声が漏れ聞こえてくる。しまいに体を折り曲げて笑う様子に藤堂は本気で首を傾げた。
 細い指先が意味ありげに藤堂の下顎に添えられる。指先が唇をなぞる。サラサラとした布の感触が唇の上を這う。
「火種たる所以、だな。天然か」
「ゼロ、それはどういう意味だ?」
「気付いていないなら構わない。しかし、そうか」
ゼロは意味深に笑い声を立てた。その理由が藤堂にはサッパリ判らない。
 「なかなか、罪作りだな」
「ゼロ?」
口付けられそうなほどに仮面が近づいた。一枚裏には生身の体が息づいているのだと思うだけでなんだか不思議な感覚がした。うなじの辺りから艶やかな黒髪が覗いていた。ゼロは黒髪なのだなとあてどなく考える。

 「あぁッ何してるんですかぁッ」

唐突に響いた声に藤堂とゼロが二人して振り向いた。暗緑色の髪をサラサラ揺らしながら朝比奈がずかずかと近づいてくる。その目がじろじろとゼロを無遠慮に眺め回している。
「邪魔したな」
ゼロは体を離すと踵を返した。その背中を朝比奈は選別でもするかのように熱心に眺める。
 「どうした、朝比奈」
「いえ、藤堂さんの部屋に行こうとしたら」
「何か用か」
朝比奈が泣きたいような情けない顔をした。
「用がなくっちゃだめですかぁ」
「いや駄目とかではなく」
普通用があるだろうと藤堂は思うのだか朝比奈は違うようだ。拗ねたようにそっぽを向く。
 丸い眼鏡が明かりを反射して暗緑色の瞳を隠す。寝起きなのか普段と違いグッと砕けた格好をしている。かっちりした軍服ではなく丸首のシャツだ。鎖骨のくぼみが覗き、その白い肌が輝いているように見える。日に焼けていない肌は妙に白い。
「何か用があって来たのではないのか」
真顔で問う藤堂に朝比奈はなんともいえない表情をして見せた。その目が潤んだように輝く。大きな瞳。部下の四聖剣の中でも若輩になる朝比奈の顔立ちはまだ幼さが残っている。
 切りそろえられた前髪。覗くうなじ。背丈はまだ藤堂のほうがある。その所為か見上げてくる眼差しはどこか子犬を思い出させた。
「…藤堂さんの顔が見たかっただけなんですけど、ね」
自嘲するように笑って朝比奈が言った。藤堂は目を瞬く。朝比奈はそんな様子すら愛しげに笑った。笑い顔は特に幼く、まだ学生のようにすら見える。このまま街に出て学生だと名乗っても通りそうだ。
 「私の顔なんか見てどうするんだ」
「安心できるだけです」
藤堂の問いに朝比奈は真っ直ぐ答えた。藤堂が小首を傾げる。朝比奈はそれを振り払うように言葉を綴った。
「で、藤堂さんはなんでゼロと話してたんですか? 何を話してたんですか?」
怒ったような言い草に藤堂はますます首を傾げる。それでも藤堂は答えた。
 「夜空を眺めるのが好きだと言ったらロマンチストだといわれた」
「それで?」
咎めるように問い詰めるように朝比奈は藤堂を見つめる。
「お前のようなことも言っていた」
「オレ?」
朝比奈の目がしぱしぱと瞬く。大きな目が見え隠れした。目の上を走る傷痕が目を引く。興奮気味なのかその傷痕が肉色に浮かび上がって見えた。
 藤堂の唇が動いて笑みをかたちどった。
「可愛い趣味なんだそうだ」
途端に朝比奈の目が煌めいた。その口元が何か言いたげにみるみる歪んでいく。
「ゼロまで…?! そんなぁ」
「朝比奈?」
がくーんと肩を落とす様子に藤堂は心底不思議そうに声をかける。
「本当に油断できないんだから」
どこか苛立たしげな様子に藤堂はサッパリ意味が判らない。朝比奈がギッと藤堂を睨むように見た。
 一大決心でもしたかのように真っ直ぐ、朝比奈の視線が藤堂を射抜く。
「藤堂さん、一緒に寝ませんか?」

「構わないが」

あっけないような返事に朝比奈は目を瞬いた。それでも何度か咀嚼したのか目線を泳がせている。
「ほ、ほんとですか?!」
「あぁ」
藤堂がこくんと頷く。朝比奈はグイと藤堂の腕を引いた。
「だ、だったら藤堂さんの部屋で寝ましょう! 絶対ですよ! 後からやっぱり嫌だとか言わないでくださいよ!」
「…言わないが」
何も判っていない藤堂は真っ正直にそう返事をした。朝比奈はその言葉を言質にとって浮かれている。伸び上がった体。触れる唇。発熱したように紅いそれは妙に目を引いた。
 少し熱いそれが離れていくのを少し名残惜しげに思いながらそれを表には出さない。そんな藤堂の様子をよそに朝比奈はいそいそと部屋へ足をすすめている。
「絶対、やっぱり嫌だとかはなしですよ!」
「…あぁ」
返事をしながら藤堂は数瞬後にその真意を知った。尻尾があったら千切れそうなほど振っているだろう朝比奈の様子に、なんだか少し軽率だったかもしれないと藤堂が思うのはベッドに押し倒されてからだった。

真っ暗な夜闇の中
とけるようなキスをして


《了》

微妙! 微妙!(じたばた)             06/16/2007UP

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