夜が明けてしまえば君は
01:朝は来ない
事後の気怠い空気が部屋に満ちていた。ごろりと寝返りを打つ。閉じかけた目蓋がピクッと震えて開いてはまた閉じかける。うとうとと微睡むキュリオの様子にフランシスコは笑みを深めた。額に張り付いた前髪をはがす。少し湿ったそこを拭ってやるとキュリオが目を開けた。
「…フランシスコ?」
「あぁ起きた?」
フランシスコはその体を屈めてキュリオの耳元で囁いた。
「好かったよ」
途端にキュリオの顔が朱に染まる。鳶色の目が何か言いたげにフランシスコを睨んだ。フランシスコはそんな視線など知らぬげに鼻歌など口ずさんでいる。
「すッごくヨカッた」
「…お前」
体を起こそうとして走る腰の痛みにキュリオは顔を歪めた。体を起こすのを諦めてベッドに横たわる。ふわふわの枕に顔をうずめるとフランシスコの細い指がキュリオの髪を梳いた。固い髪はキュリオの気質を表しているかのようだ。他人をはねつけるくせに一度癖がついてしまえばなかなか戻らない。
「照れてる?」
「お前な!」
からかうようなフランシスコの言葉にキュリオは噛み付いた。耳や目元まで真っ赤になる様子にフランシスコは堪えきれずに吹き出した。長い髪がサラサラと滑る。
「笑うことかッ」
「ごめんごめん」
不満げだがそれでもキュリオは黙った。何か言いたげに口元が歪んでいる。
鳶色の髪と同じ色の瞳。隻眼。精悍な顔つき。通った鼻梁に整った顔立ち。意志の強そうな眉。剣士らしく筋肉のついた体。強靭なそれらは彼がつんだ訓練の成果だと幼い頃から一緒にいるフランシスコは知っている。フランシスコは不満げなキュリオの頬に口付けた。
「褒めてるんだけどなァ」
クックッと体を震わせてフランシスコは笑った。それをキュリオがギッと睨む。
「お前の言うことは信用できない」
「あっはっは」
今度こそフランシスコは声を上げて笑った。優男なだけにその様子は妙に様になった。長い髪がフランシスコの動きにあわせてサラサラと部屋の明かりを反射した。サイドテーブルの明かりを吹き消す。部屋が闇に包まれた。フランシスコの指先が愛しむようにキュリオの頬を撫でた。キュリオはそれを振り払うようにごろりと寝返りを打つ。
「振られちゃった」
「言ってろ」
むーと唇を尖らせる様子にもキュリオは気を留めもしない。幼い頃から一緒にいるだけに互いの具合はよく知っていた。
「ちぇッ」
珍しく悪態をつく様子にキュリオが目を向けた。その隙にフランシスコは唇を重ねた。舌を潜り込ませれば泡を食ったように逃げる。それを追って舌を絡めると甘い吐息が漏れた。
じろりと睨むキュリオの視線にフランシスコはにっこりと笑った。
「…お前な」
「えー、なんだい?」
「…なんでもない」
「え、気になるなぁそれ」
そっぽを向くキュリオの上にフランシスコが圧し掛かった。その耳元へ囁く。
「教えてくれたっていいんじゃないか。ねぇ教えてよ」
キュリオは耳を紅くしたまま答えない。羽毛の詰まった枕に顔を伏せたまま動きもしない。
「キュリオー」
そのうちにスゥスゥと寝息が聞こえてきた。フランシスコはハハッと笑った。
「寝ちゃうなんてズルイですね」
その耳をぺろりと舐めると体がぴくんと跳ねた。それでもまだ眠いのか煩わしそうに手で払う仕草を見せる。フランシスコの顔が緩む。キュリオは昔から一度寝入ると何をしても起きない。それにつけこんで昔は色々悪戯したものだ。
「キュリオーキスしちゃいますよー」
ゆっくりと体を回転させるとすっかり寝入ったキュリオの顔が現れた。すっかり安心しきっているのか簡単にフランシスコの思うがままになる。
「これって信頼されてるってことなのかな」
クスリと笑む。薄く開いた唇を指先でなぞる。ふわんとした柔らかな感触。指先を隙間に差し込めば軽く吸い付いてくる。柔らかい唇に挟まれる感触。軽く歯を立てられてフランシスコは必死に声を殺して笑った。普段のキュリオからは想像もつかない姿だ。誰が想像するだろう。
「可愛い…」
まだ笑いが収まらずフランシスコは空いた手で笑い涙を拭った。
「――っふ、ふふふ…」
指を咥えた姿はなんだか間が抜けている。フランシスコはひそやかに悶絶した。そっと指を抜くとうぅんとキュリオが唸った。
「はー、おかし…」
ピクピクッと目蓋が震えた。楽しそうに眺めている目の前でキュリオの目がうっすら開いた。パチパチと瞬いた後に見つめるフランシスコに気付いてぎょっとする。
「…なんだ」
「なんでもないよ。キュリオって寝てるときの方が素直かもしれない」
「…どういう意味だそれは」
「起きてると冷たいのにね。寝てるときは素直だなーって」
にっこにっこと意味深に笑われてキュリオは気になって仕方がない。それをすっぱり無視してフランシスコはキュリオの目蓋をその手で閉じさせた。
「いいよ寝てて。時間がきたら起こすから」
「でも」
「いいから。眠いんだろう」
キュリオは観念したのか目蓋を閉じた。それでも眠気が襲ってきたのか目蓋が二度三度と瞬くうちに眠りに落ちていった。その髪を優しく梳いてやる。
「本当に」
フランシスコの口元が歪んだ。自嘲的に、笑む。
「朝なんて来なけりゃいいのに」
そうすればずっと
君は私だけの もの
「あーあぁ」
こんな可愛い寝顔も仕草も何もかも。
欲しくて欲しくて欲しくて。
たとえ一時でも手放したくない。
「そうすれば、ずっと私のものなのに」
フランシスコはそっと、キュリオに口付けた。
《了》