あぁただ愚かしいこの想いを
 オレは、あなたに
 あなたにだったら


   24:愚かなこの思いをあなたの正しい言葉で無残に打ち滅ぼしてよ

 解放と同時に藤堂は幾ばくかの喪失も得た。藤堂はつと歩みをとめた。薄暮の頃合いの空は次第に黒味を増していく。空色から群青、濃紺へと身を映しいつしか濡れ羽色の闇となる。子どもたちと時を忘れて稽古に明け暮れ気付くと辺りが真っ暗になっていたのをこの間のように思い出す。そのとき誰よりも稽古に熱心だった少年は立派な青年となって、藤堂の前に戦場で立ちはだかった。そっと伸ばした指先が硝子に触れた。よく磨かれたそこは透明でその暗さを吸いこみ、藤堂の虚像を映した。無骨なだけのありふれた男がそこにいる。かつて藤堂たちを率いて甘い夢に酔わせたルルーシュは抜群の頭脳と判断力、そして美貌に満ちていた。己程度の男は血塗られた戦場を駆けるのが相応というものだと思う。そう言うと必ず、そんなことは絶対にない、と言い切る朝比奈はもういない。藤堂は知らずに深く息を吐いた。
 たどりついた部屋の前で藤堂はゼロとだけ記されたプレートを見た。ゼロの正体はルルーシュであった。けれどルルーシュを倒したのはゼロであった。それが誰であるか、気づいた紅色の髪をした少女はあれはゼロなんだと繰り返した。藤堂たちは結果としてそれを受け入れた。そのあとはただ矢のように日が経ち、藤堂たちは手続きに忙殺された。戦闘をこなし、非合法団体であったころからの古株とも言える連中はみなそうだ。それなりの役職が与えられ、忙しく日々を過ごした。ゼロからの私的な呼びつけが藤堂の身に起きたのは忙しさが一息ついた頃合いだった。藤堂は逡巡の末にそれを了解した旨を返答した。すぐさま日時が指定され、藤堂はそれに従ってここにいる。
 扉をたたけば機械音声で入室の許可が出る。藤堂が扉を開けばゼロが設えられた応接に座っていた。その体がすっくと立って藤堂の元へ歩み寄る。藤堂は自身の背で扉が閉まる音を妙に大きく聞いた。
「久しぶりだ」
「…君、は」
ゼロはそっと仮面に手を当てると目鼻のないそれを取った。現れたそれに藤堂の目が見開かれていく。
「久しぶりだね、鏡志朗」
酷薄に哂うスザクがそこに、いた。
 藤堂は身をひるがえすと取っ手を回そうとする。がちがちと取っ手は途中で止まり施錠されていることを訴える。藤堂はただむやみに取っ手を繰った。がらんと乾いた音がする。藤堂の視界に放り捨てられた仮面が転がった。藤堂の喉がごくりと鳴った。おそるおそる向き直れば傲然としたスザクがそこで楽しむような憐れむような目線を藤堂に投げていた。
「この顔で会うのは、あなたが囚われていた時以来、かな」
藤堂はその戦闘結果と過程において何度か敵軍の手に落ちたことがある。囚われの身となった藤堂はどんな理不尽も享受した。
「君は戦死した、と。墓前に何度か」
「墓参りしたんですか、オレの。あはは、それはどうも」
スザクはけらけらと笑った。藤堂が知るスザクはこんな笑い方はしない。快活で涙もろくて情に篤い子供だった。藤堂は深く息を吸うと取っ手から手を離した。汗ばむそれを大腿部でこすりつけるように拭う。
 「ねぇ、誰だと思ったんだ? 言い当てて見せようか。彼だろう。――ルルーシュ、だろう」
スザクの碧色の瞳は暗く煌めいて緑柱石のようだ。スザクは藤堂が囚人となったころから敬語を使わなくなった。藤堂はその理由を問うていない。資格があるとも思っていなかった。
「ルルーシュだと、思ったんだろう。目の前で死んだのに。まだあいつはあなたの中にいるんだ――」
スザクの指先が勿体ぶった素振りで藤堂の襟を開いていく。さらりと滑る布地がスザクの指先を包んでいる。すべらかなそれが藤堂の胸を這った。藤堂が対応を決めかねるうちにスザクは乱暴に唇を奪った。がちんと歯のぶつかり合う乱暴なそれに、それでも瑞々しい張りを保つ唇の感触が判る。
「オレはゼロを継いだんだ。だからあなたにこんなことをするのも、平気なんだ」
スザクの手があたふたと藤堂のベルトを解いた。もたつく手つきは彼の不慣れさを示す。藤堂は黙ってされるままになっていた。スザクがぐんと胸倉を掴んで応接のソファの上に藤堂を押し倒した。もがいた藤堂の腕ががたんと床を打つ。襟を開いてあらわにしたそこへ唇を這わせる。チュッと濡れた音をさせて吸いつくのを藤堂は反応しかねた。
「平気、なんだ。できる、んだ! オレは、オレは」
スザクは言い聞かせるかのようにただゼロを継いだのだと繰り返した。だから、藤堂を乱雑に扱うのも大丈夫でそれだけの権利があるのだとうそぶいた。藤堂は触れてくるスザクの指先や唇の震えを感じた。はねつけることができない甘さはきっといつか死を招くと知りつつ、それでいいのだと知っている。
「でき、る…オレは…! だってオレは、ゼロを」
ぼとぼとと熱い雫が藤堂の胸や頬を濡らした。
 「あなたは囚われだった時、から! 抱かれてた、受け入れていた! なのに、ルルーシュと通じて、たなん、て…」
藤堂は黙って天井を見上げた。藤堂に与えられる暴力は殴る蹴るにとどまらなかった。だがそれらすべてに藤堂は恭順の意を示し、不服や不利益は申し立てなかった。そんな穢れた体でも構わぬと笑い飛ばしたのはルルーシュだった。彼は抱きたいから抱くのだ、経緯など問わぬと傲岸に哂った。
「オレ、は! なのにあなたに触れることもできなかった、できなかったんだ! あなたが穢れていく、のも受け入れるのも、知らない、まま、で」
しゃくりあげて不自由になった呼吸にスザクがけほけほと噎せた。
「あなた、が抱える重みも、知らなかった。あなたやルルーシュが抱える重さを、オレは、知りもしない、で」
「スザクくん」
スザクはひきつる喉で叫んだ。
「でもオレだって! オレだってどうしたらいいかわかんなくって、でも、一生懸命だったんだ! がんば、った、んだ!」
 与えられる戦場を駆り、戦闘をこなし、人を殺して傷を負って。
「ゼロだって同じ、だろッ? だからオレは、ルルーシュと、ゼロと同じ、事を――ぅう、わぁ、あ――…ッ」
スザクは藤堂の胸に伏せって泣いた。藤堂は黙ってスザクの髪を梳いた。藤堂の仕草にスザクはあふれてくる涙をせき止めることができなかった。幼いころ与えられる理不尽に涙した時、優しく頭を撫でてくれた手をスザクははねつけることができなかった。喉を吐いて出る泣き声を殺すのが精一杯で震える肩やひきつる喉は隠しようがなかった。それでも藤堂は何故と問いもしない。問わぬ語らぬ。優しさが、痛かった。
「あなたは、なんで、なんでそうやってオレを」
藤堂のすべてを享受する姿勢はスザクには取り得なかった。真似などできなかった。心の奥底で藤堂の決断がちくちくと痛んだ。同じ日本人として軍人として。男として。藤堂はあまりに遠かった。目指していた、けれどその道は果てなく遠くただ神話じみた。
「あなたがオレを否定する…!」
スザクの手がぐぅと藤堂の首を絞めた。血流の滞りに藤堂が喘ぐ。のけぞる喉をぐぅと締めあげていく。
「ねぇ鏡志朗。あなたはなんでそうやって生きているんだ? オレの出来ないこと全部綺麗にやってのけてオレなんていらないみたいでオレは」
スザクが裏返った声で声高らかに哂った。
「オレはあなたなんて大ッ嫌いだ!」
ドンとスザクの腹部を藤堂の膝が強打した。跳ね飛ばされるスザクを横目に藤堂は絞められた喉でげほげほ噎せた。吐きだされた澱が頤を伝い汚す。スザクはのそりと体を起こした。
「他者によすがを求めるな。己が在り様を決定し断罪するは己のみ。行うも赦すも出来るのは己のみだ」
「…正しいよ。あなたが言うことは正しすぎるんだ。正しさが誰かを傷つけることだって、あるんだ。正しいからって」
スザクは髪をかきむしるようにして身悶えた。立てられた爪がぎちりと皮膚を裂く。
「正しいことは救いになんて、ならないんだ!」
「けれど君は正しさを求めただろう。否定すべき位置はそこではない」
スザクの緑柱石の瞳が集束する。みるみる潤んだそこから熱い雫が滴った。茫然と藤堂を見つめる見開かれた瞳に藤堂は微笑した。
「だれが間違っていると――言えるんだ?」
「う、あぁ、あぁ――…ッ」
藤堂の言葉を皮切りにスザクが咽び泣いた。ゼロの仮面を負ってから初めて涙した。重圧に喘ぐ己を自覚する。ルルーシュは常にこんな重圧に耐えていたのだろうか? ルルーシュが藤堂にすがるわけが判ったような気が、した。
 「きょう、し、ろ…!」
涙と洟にまみれた情けない顔でスザクは藤堂にすがった。それでも藤堂は何も言わなかった。
「スザクくん」
懐かしい呼び名がスザクの心を溶かす。藤堂は肯定も否定もしない。ただ名を呼んで抱きしめてくれた。
「――あなたはもうオレを、叱ってはくれないんだな」
スザクの潤んだ瞳が揺らめいた。藤堂の灰蒼は静かに揺れる。わなないた唇は結局何も言わずに閉じられる。スザクの体がずるずると脱力していく。ペタンと座り込んでスザクは藤堂の服の裾を凝視した。

「あなたに打ち滅ぼしてほしかった」

あなたがすべてでした
あなたが指針でした
あなたが、好きでした

あなたに消されて、しまいたかった


《了》

藤堂さんにとにかく何とかして欲しいスザク(こう書くとヘタレだ)
藤堂さんがとにかくもう大好きで他が見えてないスザク(視野狭ッ)
こういう補足の要らない話を書けるようになりたいです(切実)
誤字脱字ありませんように…いつももんどりうつ…        05/24/2009UP

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