だってほら、もう
 今さらでしょ?


   19:愛しているなんて口にしたら君は怒るかな

 耳朶でさざめくそれが何なのか卜部には判らない。殷々と震えるそれは音というより振動に近い。三半規管に直接響くようにぐらぐらと重心がぶれた。ぶわっと遠心力に引き寄せられるようにして目の前が開く。心配そうで、それでいてどこか不思議そうに卜部を眺める藤堂と木目の読める天井とが見えた。
「…ぁ、れ?」
身じろぐと素肌が直接畳を擦る。藺草の香りがふわりとした。変えたばかりのようなそれは家の主の手入れが行き届いているからだ。卜部はすぐに不自然な姿勢に気づいた。藤堂は卜部の腰を抱え、開いた脚の間に体をおいている。卜部がガバリと跳ね起きようとして果たせない。脚が上がっていては頭が上がるわけもない。
「ちょッ、あんたァ! なに、見てンすか!」
藤堂の着衣も乱れていて鎖骨がくっきり浮かび上がり、引き締まった腹や胸板が覗く。卜部の方も借りた着衣は乱れに乱れている。濃紺の男帯は解かれて寝巻代わりにと差し出された単衣も腕に引っ掛かっている程度で腹も腰もあらわだ。
「急に動かなくなるから、どうかしたのかと思ったが…意識が飛んでいたようだな」
「判ってんなら見てないで起こしてください! なんつう格好で待ってるンすか!」
藤堂はクックッと笑った。泡を食う卜部はもがくが、まさにもがくだけだ。腰を抱えられたままでは動くに動けない。つながっていないのがせめてもだ。
「ヨかったようで安心した」
「それはどういう文脈っすか」
カパッと藤堂はさらに卜部の脚を開く。ひきつるように連動する内股をつぅんとなぞる。卜部の体がびくびくと震えた。藤堂はくすりと愉しげだ。卜部は黙ってそれに付き合う。藤堂の指先は玩具を見つけた子どものように丹念に卜部の体を這った。骨格をたどるように這わせられる指先が筋肉のありようすら刺激する。身震いしてしまうのを藤堂は鷹揚に見逃した。
 「…あんた、いい加減に」
卜部の声がそこで切れた。藤堂は卜部の脚の間へ体をねじ込んだまま胸に舌を這わせている。熱く濡れたそれが尖った突起を刺激する。こすれる腰の感覚を拡散させようと卜部は必死になった。
「や、め…ッ」
卜部が体をずり上げる。畳表がこすれて香りがした。
「…戦闘が、近くあると思う」
卜部は荒い呼吸のもとでそれを聞いた。卜部も藤堂も軍属であったし、それなりの覚悟も有している。卜部がかすれた喉で笑った。
「それで、ヤッとこうって?」
藤堂があからさまに顔をしかめた。藤堂は精神のありようと身なりが共鳴したように美しい。
「そう言う物言いは感心しない」
「すんません」
卜部はしれっと謝ると体を起こそうとする。藤堂は揶揄するように腰を抱えた。動けなくなる卜部に楽しげな藤堂の視線が刺さる。
 「何度見てもいい体勢だ」
「そりゃ、どうも…」
返事のしようがなく、ただ生返事をした。腰を抱えられてしまっては体の構造上、起こすのは難しい。藤堂の指先は器用に腰骨の尖りをなぞり、脚の付け根をたどってくる。その指先は他意などないと見せかけてきわどい位置をたどった。卜部が嫌がるように身じろいでも見向きもしない。敏い藤堂が気付かないわけもなく、明らかに故意に見過ごしている。
「あんた、いい加減、に…ッ」
不服を口にしようとした卜部の先手を打って藤堂の指先が脚の間で止まった。
「跡でも残したいものだ」
「俺はあんたの捌け口じゃないンすけどね」
刺々しい言いように藤堂も手心を加えたりしない。指先は淫靡にうごめいた。卜部は背中を丸めてそれに耐えた。
「…あんた、本当にいい加減にしてくださいよ…! さっきから黙ってりゃあ」
「お前の意見も聞く気はあるが」
藤堂はしゃあしゃあと言ってのける。現に藤堂が直属部下である卜部たち四聖剣の意見をないがしろにしたことはない。無垢な灰蒼の瞳を茶水晶が睨みつける。
「お前は、私がお前を捌け口にしていると、思うのか?」
交錯した視線の後に藤堂がこらえきれずに問うた。卜部は返事をしない。数瞬の間が流れて、藤堂はグイと腰を抱えなおした。卜部がふるりと体を震わせる。
 「…他に理由がねぇでしょう。俺があんたの中にいられる理由はそれっくらいだ…」
藤堂はふゥと笑んだ。蠱惑的な唇が弓なりに反った。
「ずいぶん安く見積もるものだ」
「順当でしょうが」
ずばりと卜部が言うと藤堂がむぅんと唸った。何か不満があるらしくもごもご言っていたがしまいに黙る。
「…あのさ、あんた」
「…今更、言えない」
卜部の言葉を遮るように藤堂が呟いた。呆気にとられる卜部をよそに藤堂は言えぬを繰り返す。
「睦言として囁けば良かったのか? いまさらだろう。いまさら、言ったって、そんな」
「…あんたァ、まさか」
卜部も言葉が続かない。その先に何があるか知ってる、だからこそ。
 藤堂の腕が卜部の痩躯をかき抱いた。しなやかにしなう腕が卜部の背をしならせ抱き寄せる。卜部の足裏がトンと畳の上に落ちた。曲げられた膝をたどり膕を撫でて内股をたどりながら藤堂は稚拙に卜部を抱き寄せた。柔軟にしなう動きが感じ取れる。
「ちょっと、まッ…! あんた、裸…」
慌てて卜部が逃れようともがくのを放さない。その時になって卜部は開け放たれたままの唐紙や障子に気づいた。庭木の垣根こそあるが無防備な状況に変わりはない。慌てて藤堂を引き剥がすと必死に体を伸ばして障子を閉めた。それだけの動きにはぁはぁと息が上がる。さえぎられた月光が障子越しに差し込んだ。藤堂も卜部も裸身に近い状態だ。護りたい体面ぐらい持っている。
「巧雪」
藤堂の響く低音に卜部がびくりと体を震わせた。おずおずと振り返るとうつむき加減の藤堂の目元が陰った。
「巧雪。私はお前を抱きたいと思うことを恥じたことはない。だが、私は、お前、に」
「よしてください」
きっぱりとしたそれに藤堂は潤んだ目を向けた。
「俺ァあんたに抱かれる理由なんて求めちゃあいないし、いらねぇ。睦言もいらねぇ。ただの捌け口でいい。それ以外の理由なんざ求めるなァ身に余る。だから、俺は」
くッだらねぇ、と卜部は吐き捨てた。それがひどく痛ましくて藤堂は何も言葉が出なかった。

愛しているとも好きだとも
言っていないことに気づいていたけれども

「巧雪、お前、はお前は」
藤堂は卜部の唇を奪った。そのまま腕を押さえつける。首筋へ舌先をたどらせ喉仏に歯を立てる。悲鳴を押し殺した喉は哀しく震えた。しなう背骨の感触と脚の身じろぎがわずかな差異を生じさせた。
 「言い訳すら、赦してはくれないのだな」
「赦すも赦さねェもねェッすけど…俺ができることなんざ高が知れてますんで」
「お前はいつもそうなのだな」
ある程度で負荷が済むように、けれどそれは保身のためでもある。
「買いかぶりすぎです」
さらりと言ってのける卜部は相手に負荷を負わせないよう苦心している。
「俺もガキじゃねェし、いまさら好いた惚れたなァ気にしねェッす」
そう言って藤堂の腕から逃れようとする痩躯を藤堂は抱きしめた。
「わ、たしは…お前が! 私は、お前が」
そこで藤堂の言葉は喉奥へ飲みこまれた。磨滅してしまったそれを補うように重なる卜部の唇の柔らかさに藤堂は驚いた。乾いたそれは驚くほど柔らかで藤堂のすべてを包んでしまった。
「言ったら、怒りますんで」
藤堂はただほとばしる感情そのままに卜部の縹色の髪をくしゃくしゃとかき乱した。爪を立てるそれにも卜部は何も言わない。藤堂の内在するそれは出口すら見いだせずにくすぶった。
 「…判った、墓場まで持っていく」
藤堂の返答に卜部は哀しいような嬉しいような、口の端をつり上げた表情を見せた。それがひどく、ひどく痛ましいような気がして、それから逃れるために藤堂は卜部の体をくすぐった。
「あ、はッ。ひゃははは、やめ、ははは」
脇といわず脇腹といわず、おおよそくすぐりに弱いと思われる部位をすべて藤堂はくすぐった。卜部はそれに身をよじって笑いながら逃れようともがいた。裸身に近いのままのそれはどこまでも純粋な戯れの位置にある。びくんびくんと卜部の脚が宙を蹴り、藤堂の体が前傾する。
「やめ、って。あは、はははははは、ひゃはッ。いい加減、ぃゃはははは」
卜部が嫌がるように身をよじってずり上がる。藤堂は卜部の頭部を固定すると唇を奪った。笑いに乱れた呼気は慌ただしく藤堂の首筋や耳朶を打った。痩躯なだけにその動きは手に取るように判る。藤堂はただそれをかき抱きながらむせぶようにして唇を重ねた。


《了》

なんちゅうムリヤリお題だ!(自覚があるようだ)
藤卜は楽しく妄想していたのに難産でした!(ぶっちゃけた)
またやりたいと思います!(ウワァ)
てゆーかいきなり裏にいきそうになるとかどんだけ…!
とりあえず誤字脱字がありませんように!(最低ライン)          04/26/2009UP

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