君が言ったことじゃあないか
 言うんじゃなかった?


   02:犠牲的精神の上に成り立つ幸福なんて!

 ギルフォードは冷たくシュナイゼルを見上げた。シュナイゼルは肩をすくめつつも動揺した様子はない。広がる黒褐色の長い髪をシュナイゼルがもてあそぶ。サラサラと滑るそれは手入れも欠かすことなく行き届いている。ほんのり薫る石鹸の香りは嫌味ではなく清潔感を呼ぶ。白いだろううなじを撫でてシュナイゼルはその手をひらめかせた。
「私の気持ちは届かないのかな。こんなにも尽くしているのに」
ギルフォードは忌々しそうに目を眇めたが何も言わなかった。ギルフォードの鋭角的なフレームの眼鏡はどこかへ飛んだらしくかけていない。シュナイゼルは口を使って器用に手袋をはずすと滑らかな肌理の素手でギルフォードの頬を撫でた。ギルフォードはシュナイゼルの手がどこへ及ぼうとも眉一つ動かさない。
 「まったく哀しいね。私の努力はことごとく水泡に帰している。無駄な労力なのかい」
「それこそ幸せの幸せたる所以ではないですか。犠牲の上に幸福は成り立ちます」
シュナイゼルは大きく頭をふった。練色のくすみのない金髪がサラサラ滑る。秀でた額を隠すそれは時に目元すら覆う。勿忘草色の瞳は鋭く優しくギルフォードを射抜いた。白皙の美貌に陰りと苛立ちが見えた。それはギルフォードを責めたが、ギルフォードは何も感じないふりを通した。
「なるほど、君は頭がいいね。だがその利口さは時に冷たくも見えるよ」
ギルフォードは取り合わずに視線を交わした。ギルフォードは淡々と解放してほしい旨を告げた。
「私を拘束する理由は」
「君が愛しいからに決まっているだろう。可愛がりたいからこそ縛りつけるんだよ。目の届くところにいてほしいと思うのは当然の想いだろう?」
「明確で具体的な理由を。力尽くに及びますよ」
ギルフォードが苛立たしげに言い放つ。言葉尻どころか台詞そのものに険があり、明らかな敵意をにじませていた。シュナイゼルはそれすら想像していたとでも言いたげにくすくすと笑った。
「頭のいい君なら判ってくれると思ったが」
「この状況下でどう理解を示せと?!」
叫ぶように言ったギルフォードの拳が寝台を殴りつける。その動きすら寝台のスプリングは呑み込んでしまう。シュナイゼルの長い手脚が器用に絡んでギルフォードの四肢を拘束し、寝台の上にその身を押し倒していた。
 「おやおや、犠牲が幸せのために必要だと言ったのは君だろう」
「私は誰かの犠牲になるつもりは毛頭ありません!」
「そううまい話ばかり続くという考えや心構えは捨てたまえよ。自分の思う通りに行かないのがむしろ常だよ」
「あなたは、無理やり従わせて…!」
ギルフォードだって華奢とは言えそれは軍属内での話だ。成人男性としての筋力やバネは備えているつもりだ。だがシュナイゼルの拘束は要所を心得ていて抵抗もむなしくされるままだ。力押しだけでははねつけられない輩の出現にギルフォードは頭を抱えたかった。もとよりギルフォードは力押しではなく機転で切り抜ける性質だ。だがその方面ですら敵わず、一縷の望みをかけた力押しも無効となっている。ギルフォードに残されているのはそれこそ泣き寝入りのほかに手段がない。
 「私のような温室育ちをはねのけるなど造作ないだろう? そうし給え。私はそんなに力を込めてはいないから」
ぎりっとギルフォードの歯が軋んだ。食いしばる歯の隙間からはうめき声も漏れてこない。ギルフォードは何度もこうして拘束されては逃れられずに終わっている。骨の髄までたたきこまれた上下関係の絶対感がギルフォードの腕を鈍らせる。同じ軍属なら容赦なく叩きのめしているところだが、相手が仕えるべき皇族となってはギルフォードに手の出しようはなかった。全力を出そうしてもどこかで歯止めがかかる。シュナイゼルはそれをそうと知ってこういった振る舞いに打って出る。ギルフォードが抵抗できないのを計算済みの上なのだから始末に悪い。
「…お戯れを、私などを相手にしてどんな利があると。悪ふざけはほどほどにしてお退きください」
苛立ちやそういった諸々を呑みこんで辛抱強くギルフォードが諫めてもシュナイゼルは意にも介さない。平然とギルフォードの髪に唇を寄せてなどいる。白皙の美貌は唇の紅さを際立たせてそこに熱があるかのような錯覚を起こさせた。指先などは驚くほど冷たい。それでいて触れてくる唇は熱を帯びてとろけそうになる。
 ギルフォードは首を巡らせて唇から逃れようともがくがすぐに捕まる。シュナイゼルはその生い立ちから我慢だとか妥協だとかそういったものを知らずに成長している。血統政治において皇子という地位は、声さえかければどんな望みもかなった。その上、諫めるものも少ない所為で手加減というものを知らない。シュナイゼルに抱かれた後の虚脱感は、何もかもを奪われたようだとギルフォードは常々思っていた。シュナイゼルは美貌の主だし、彼が声をかけて叶わなかったことなどおよそないだろうと思われるだけにそれは顕著だ。彼は相手を人間的に気遣うという対応術にかけている。すべてを戦略として見てしまう所為か反応は判っても反応の意味する思考や意図にまで考えが及ばないのだ。
 「私は、こういった行為は好まないと言っているのです! お戯れはほどほどにして」
「ひどいね、私は本気だよ。今までに覚えた閨房術のすべてを注いでいると言ってもいい」
シュナイゼルはしゃあしゃあと言ってのけるとギルフォードの婉曲的な拒否を固辞した。ギルフォードから話を振っても万事この調子で腰を折られるか知らぬふりをされるのが落ちだ。結局ギルフォードが折れて好意を受け入れる羽目になる。シュナイゼルの方もそれを承知で拒絶を拒絶するのだからうんざりした。
「犠牲の上に成り立つ幸福。それもいいね、君は今がまさにそれだと思っているのだろう、ならばアリだ」
あっさりとそう結論付けるシュナイゼルにギルフォードの方はもはや反抗する気も失せた。大きく嘆息すると息以外にも何かを吐き出してギルフォードはシュナイゼルを見つめた。
「なぜ、私なのですか」
「愛に理論を求めてはいけないよ。しょせんは一時の感情なのだから。理由など後付けにすぎない。振り返って初めてわかる類のものだ。理知的な君らしくもない、感情的な疑問だね」
シュナイゼルはそういうとギルフォードの首筋に口付けた。唇の触れる感触にギルフォードが身じろいだ。触れてくる指先が留め具を着実に外していく。だんだんと大胆になっていくその動きにギルフォードは悪あがきのように爪を立てて抗った。心外だとでも言いたげにシュナイゼルの勿忘草色の瞳が移ろう。ギルフォードが何か言う前にシュナイゼルは決定打を下した。
「尊い犠牲を感謝するよ。私の幸せには君の犠牲は必要だ」
「――…!」
パクパクとギルフォードが口を開閉するが声も出ない。ギルフォードは計算高いようでいて自身の意志や思考を率直に口にしていた。その抗いすら封じられてギルフォードには言葉がなかった。
 「――だ、誰があなたの犠牲になど!」
「なってくれないのかい? 私はそれほどまでに魅力がないかな」
打ち捨てられた仔犬のような目をされてはギルフォードも言葉がない。思わずぐぅと黙るのをシュナイゼルはクックッとこみ上げる笑いを必死にこらえた。笑いに気づいたギルフォードが白い肌を紅くして何事か叫びそうだ。
「殿下!」
「君があまりにも愛らしくてね。正直というのは時に罪だ。人の思惑を吹き飛ばしてしまうのだからね」
「誉められた気がしませんが」
「当然だ、嫌味だよ」
あまりにもあっさり言われてギルフォードが反論しようとしたときにはシュナイゼルの行動はすでに他へ移ろっていた。ギルフォードが揺らぐほどの衝撃を与えていながらシュナイゼルは揺らがない。何故だかそれが悲しいような気がしてギルフォードはついには黙るしかなくなるのだ。
 「冗談だよ、君の正直さは美徳だ。ただ意地悪をしてみたかっただけさ」
シュナイゼルはギルフォードの葛藤すら打ちけすようにうそぶくと唇を這わせた。ギルフォードの頬や首筋や耳までもが紅く染まっていく。皮膚が白いだけにその変化は著しい。ギルフォードの薄氷色の目が潤んだ。
「わ、たしは――!」
「あぁほら泣かないで。意地悪をしたのは謝るから。君に泣かれると心が痛むよ」
ぼろぼろ零れる涙の一粒ずつを舌先で拭っていく。非日常の連続にギルフォードの感覚はすでに麻痺していた。シュナイゼルとかかわると必ずと言っていいほどこうなる。己が力の及ばぬ事態に翻弄されて泣く羽目にはるのが落ちだ。そこには忠誠だとか高邁な思想といったものは欠片もない。ただ欲望があるのみだ。
「誰が泣かせていると」
「私なのだろう、あぁ罪とは甘美な果実のごとくというやつだ」
あっさりとシュナイゼルは非を認めて大仰に言い切った。開き直られてはギルフォードに打つすべはない。何より絶対的な上下関係のもとにこれはあるのだ。元より逆らう気があるとは言えなかった。シュナイゼルは絶対者の血縁なのだ。それも直系の男子。ギルフォードが逆らうなどもっての外だ。
 「君は可愛いね。実に愛しいよ。君を抱くたびに思いを新たにする」
ぬけぬけと言い放つシュナイゼルに異を唱える気力すらすでに残ってはいない。ギルフォードは黙って何もかもが終わるのを待った。
「抵抗はなしかい? 最後までいってしまうよ? 無抵抗のものを鞭打つ気はないが、自分の望みのためとなれば話は別だ」
シュナイゼルは手加減の位置を明言してはばからない。それでいてその品位を損なうことは稀なのだから羨ましいというか素晴らしいというべきか。どちらにしてもギルフォードの利になることはなく、黙って境遇を受け入れた。
 「君の聡明さは時に愛らしく――憎いね」
首筋に噛みついたシュナイゼルが歯を立てたような気がしてギルフォードはびくびくと体を震わせた。出血を思わせる熱さを感じながらシュナイゼルはぎりぎりのところで歯を立てずにすませた。触れる吐息が肌を撫でまわしているかのようだ。
「罪とは時にすべてを否定するにとどまらない。水面下のそれすら暴く、罪ゆえに。まったく、罪深きものだよ」
抽象論はシュナイゼルの得意分野だ。回りくどい言い回しも、政治的な言葉のやり取りに長けたシュナイゼルにとっては指先で駒を動かす遊びに他ならない。ただ理屈や定石をこねまわしているだけだ。
「罪人だとおっしゃるならかまわなければいいでしょう」
「罪とは時に人を魅了するのだよ、罪であるが故にね。禁止されればしたくもなるさ」
「屁理屈です」
「あぁその通りだよ。ただの机上の空論さ。だがそれすら事実にしてしまうのが言葉というものだ。エリア11のコトダマ信仰には頷かざるを得ないね」
「戯言です」
シュナイゼルは返事の代わりに意味ありげに微笑んだ。ギルフォードがその真意を問いただす前に、シュナイゼルは唇を重ねた。美しい顔が大写しになったかと思うとぼやけて何が何だかわからなくなる。
「戯言を」
ギルフォードは頼るよすがを求めて呟いた。海原に浮いてしまった体をとどめるために捕まる何物かを求めるのに似ていると不意に想った。思考という海原に漂い出てしまった自身はその無防備さゆえに漂流を繰り返す。
「私は、あなたを」
それ以上は言葉にならなかった。シュナイゼルもまたそれ以上を必要とはしていなかった。重なった唇の熱さが鮮明に皮膚へと残った。


《了》

ムリヤリお題がすでに!(待て)
けどすラッすらいったなぁこの話!(実話)
とりあえずそのノリで誤字脱字さえなければ(そこか)
やっつけ仕事になるかと思ったら意外と楽しく書けました☆(待て)           11/09/2008UP

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