だって欲しいものはすべて壊されてしまうから
01:願ったものは必ずこの指先をすり抜けてゆくから
道場の戸締りと見回りを済ませる。名が知れた実力者の敷地内とはいえ、防犯を怠ると何かと厄介だ。何より子供たちが通ってくる場所なだけに政治的なことに巻き込むのは気が引けた。今時はテロも頻発し、エリア11と名を変えた日本でもそれは変わらなかった。支配されながらそれに頷かないのは思想家ばかりではなく彼らは時に過激な手段に出る。着替えを済ませ、手荷物を抱えて最後の扉を閉める。そこに思わぬ待ち伏せがあった。
「藤堂先生!」
「藤堂さん!」
二人とも藤堂を見るなり笑顔になる。
「スザクくん、と朝比奈?」
この二人は二人ともが覚えや飲みこみも早い。それでいて互いに藤堂をめぐっては小競り合いや諍いを繰り返す。藤堂は一度真顔でその理由を問うたが双方が黙りこんだ。それでいて責めるような視線に藤堂は匙を投げたくなった。普段の彼らには何の問題もない。素行も適当に良くも悪くもある。男の子なのだし、取っ組み合いの喧嘩程度は許容範囲内だ。まして朝比奈は血気盛んな年頃であり、スザクも利かん気の強い頃合いだ。
「どうした、二人して」
朝比奈とスザクは恥じらうように互いを目線で急かしたが、ついに覚悟を決めたと言わんばかりに息を吸って言った。
「好きです、付き合ってください!」
二人ともが一言一句違わぬ言葉を発した。呆気にとられている藤堂をよそに二人はお互いを小突き合っている。
「ちびは引っ込んでろよ!」
「お前こそ引っ込めよ!」
告白に興奮したらしい二人の諍いはすぐにでも取っ組み合いに発展しそうな様相を呈していた。
「お前みたいな眼鏡に藤堂先生はやらない!」
「はん、理知的だって言ってほしいね。お前みたいなチビに藤堂さんはもったいないよ」
スザクが仔犬のように唸る。朝比奈はフンとそれを鼻で笑った。
「待て、待ってくれ」
藤堂は目眩を起こしたように深く息をついた。二人が心配そうに顔を覗きこんでくる。
「…考えさせて、くれ」
藤堂はやや乱暴に二人を追い払うと、道場の前でうずくまった。くらくらと目の前が揺れているような気さえした。スザクと朝比奈の顔が浮かんでは消える。二人とも藤堂によく懐いてくれているし、聡明な性質だ。藤堂はこれからを思って頭を抱えた。地面へ落した荷物を抱えなおして指定の場所へ向かう。
藤堂はその夜、スザクの実父である枢木ゲンブに抱かれた。
藤堂の目がぼんやりと植木に向けられている。掃き出し口に陣取って背中越しの掛け声や物音を聞きながら、藤堂はぼんやりとしていた。刹那、目の前ににゅっと出てきた二つの顔に藤堂は声をこらえるので精一杯だった。くるくると毛先の跳ねた赤褐色の髪と碧色の瞳。一見すると黒色なのに目を凝らせば深い緑の艶を帯びている暗緑色の髪と瞳。まだ幼いスザクと、丸眼鏡がユーモラスな朝比奈だ。
「大丈夫ですか、藤堂先生」
「藤堂さん、また無理してるんじゃないでしょうねぇ」
藤堂は必死に顔の筋肉を動かした。口の端をつり上げて目を眇める。いくらかひきつったような笑いにそれでも二人はあえて口を挟まなかった。
「すまない、大丈夫だ。少し眠れない日が続いているから」
「そうなんですか? ちゃんと寝ないと」
スザクの言葉を聞きながら朝比奈は片眉だけ上げて見せた。藤堂は突き刺すような朝比奈の視線から目を背けた。スザクは何も気づかないかのように無垢な子供心に心配して見せる。藤堂は別の子供に呼ばれてそちらへ行った。掃きだし口に残ったスザクと朝比奈は藤堂を眺めながらささやき交わした。
「おかしいね。白黒でいえば真っ黒ってとこだな」
「どうかしたのかな」
なにかあると感じながらもそれを明確にかたちどれないもどかしさにスザクが唇を噛めば、朝比奈は訳知り顔に藤堂の背中を見つめる。
「いずれはっきりするだろうけど…あの人、あの性質だからな…」
藤堂は何より他者への迷惑を嫌う。そのためなら自分がどれだけ切り刻まれようとかえりみない。
「お前の親父の所為か」
ブゥッと膨れたスザクが朝比奈に殴りかかる。朝比奈も黙ってそれに応じた。結局二人は藤堂が他の子供の指摘を受けて引きはがしにくるまで取っ組みあった。きつく諫める藤堂をどこか冷たく朝比奈は見ていた。
藤堂の目は武道に励む子供たちを見ている。だが頭の中では全く別のことが渦を巻いていた。好意をもってくれていて、なおかつ付き合ってほしいと要求してきた朝比奈とスザク。二人の好意は純粋に嬉しかったし、それに応えられない自分がもどかしかった。自分は二人の好意に応えてはならないのだ。自分の手を見下ろす。長身らしく大きめの手の平だ。この手の平は何度体液にまみれたかも判らないほどに汚れきっている。そんな手で二人に触れるわけにはいかなかった。スザクは年相応に悪さもするしまっすぐに育っている。時がたてば自分の存在など過去のものとなるだろう。まだ多くの人と出会いや別れを経験するだろうことが判り、自身はその過程でしかないのだ。
問題は朝比奈だった。彼は外見をわざと野暮ったくして女性陣の注意をすり抜けるなどということをやってのける悧巧な頭を持ち、またそれを悟らせないだけの度胸もあった。演技も上手い。藤堂は時折、朝比奈なんかに好かれて大変ですね、などという本質を見誤った指摘を受けるほどだ。そんな彼はそれだからこそ本質を見抜くすべには長けている。藤堂は息をついて子供たちを制止すると見本を見せた。朝比奈には気付かないふりを通してもらうしなかった。
帰宅しようとする朝比奈とスザクを藤堂が引き留めた。道場の床の上で藤堂はすまなさそうに笑った。道着から伸びる手首は細く引き締まって綺麗だ。二人に対して返事をすると藤堂が声をかけてきたのだ。どちらかが良い目を見るのか、はたまた二人して振られるのかと戦々恐々の二人に藤堂は穏やかに告げた。
「私は君たちに愛される資格などない」
それはもうすべてを拒絶する絶対事であるかのように藤堂は言った。スザクはただその拒絶のみを感じ取って目を潤ませた。藤堂はすまなさそうに微苦笑した。
「だから、すまないが、想いには応えられない」
スザクは潤んだ瞳からポロポロッと雫をこぼして後も見ずに駆け去った。今は辛くてもきっとこの告白を撤回したくなる日がきっと来ると藤堂は思いながらその幼い背中を見送った。
「藤堂さん、オレは騙されないよ」
ぴくりと藤堂の体が震える。朝比奈の暗緑色の瞳はまっすぐに射抜かんとするばかりに藤堂を見つめていた。
「それは、あんたのそれは逃げだ。マジにはマジで返事するしかない。あんたはマジになるのが怖いんだ。それは、あんたの逃げじゃないのか?」
藤堂はいつしかうつむきうなだれて朝比奈の言葉を聞いていた。朝比奈はつけつけと遠慮なくモノを言ってくる。それはいっそ清々しいほどにはっきりとしている。明暗の分かれた物言いは時に刃となることをまだ朝比奈は知らない。朝比奈の放つ刃はことごとく藤堂の四肢を切り裂き、肉を刻んだ。それはもうその通りで反論の余地などないのだけれど藤堂は何故だか傷ついていた。気分は悪くない。自覚していることを言われているだけだ。ただその皮膚の上を言葉が刃となって切りつけているかのようだった。いつ皮膚が裂け肉をのぞかせて出血するだろうと思わせる鋭さだった。正論というものは時に良心の隠し立てすら暴く。朝比奈はまだのその威力も知らずむやみに刀を振りまわしているだけだ。自身の及ぼす外的効果など考えていないだろう、それ故にその破壊力はとどまるところ知らず。
「あさ、ひな」
「藤堂さん、逃げるなとは言わないけど見てくれよ! オレたちは必死にあがいてこの結論になったんだよ? あなたを想って想って、これ以上ないくらい、塗りつぶされるくらいにあなたを想って」
君の言葉はただ甘くて美しくて、それ故に切りつけてくる。応えたいと心から思う、けれど藤堂の体はすでに。藤堂はがっくりと膝をついた。紺袴が夜闇に融けて消えた。道着の白さと手首の細さが朝比奈の目に灼きついた。
「ダメだ、だめなんだ、朝比奈…」
子供が駄々をこねるように藤堂はただ駄目だ、と繰り返した。焦れた朝比奈がさらに追及する。その追及は藤堂自身すら目を背けていた暗部にまで及んだ。すべてをさらす白日は時に灼けるような熱さをもって。
「あんたは自分自身の壁を壊されるのが怖いだけだ! マジになってダメだった時が怖いだけだ! 本気には本気で応えないと誠意に欠くもんな、あんたはだから逃げたんだ。向き合えばいいだけだ! 自分の心と向き合えば」
「朝比奈!」
藤堂の叫び声に朝比奈は初めて藤堂の状態を認識した。長身の体で膝をつき、頭が痛むかのように抱え込んでいる。ただ怯えて痛みに震えるだけの男だった。
「ダメなんだ、だめなんだ…! 私は君たちに愛される資格など、ないんだ…! お前も私のことなど過去のありふれた過ちだと思って忘れてくれていい、そうしてくれ、そうじゃないと、私は…」
藤堂の手の平がその顔を覆った。朝比奈はそれを無理矢理に引き起こした。手を剥いで藤堂の素顔を見つめる。朝比奈の眼鏡の奥で暗緑色が煌めいた。
「オレはあなたを好きになったことを過ちだとは思わない! オレは、あなたを好きになったことを後悔していない! オレは、あなたを本当に」
「言うな朝比奈!」
藤堂は噛みつくような叱責で朝比奈の言葉を封じた。びくりと朝比奈が体をすくませる。平手の一発も覚悟したが、空気は清浄に淀んだままだった。藤堂はただ背を丸めて震えをこらえていた。ぽとぽとと落ちる雫が何なのか、朝比奈は知っている。
「とうどう、さん。あなたは――」
「――私の、体は…! 私の体はもう、私の意志では動かんのだ…!」
それが何を意味するか、通常の生活を振り返れば何を指すか、悟れないほど朝比奈は馬鹿ではなかった。
「あなたは、どうしてそこまで――?」
藤堂はただ拒否するかのように頭をふる。
「お願いです、答えは保留ってことにしといてください。じゃないとオレは、生きていけない」
朝比奈は床を強く蹴って道場を飛び出した。蹴りつける地面をかけ、小石に足を取られて派手に転んだ。擦過傷を負った肘や膝がじりじりと痛んだ。紺袴をたくしあげてみれば、膝が赤黒くこすれて出血していた。飛んだ眼鏡を探して辺りをはいずりまわる。目頭がじんと熱く燃えた。
「藤堂さん――どうして? なんであなたはそんなに損な性分なんだろう…」
藤堂の打ちひしがれたような姿は見たくなかった。凛としたそのままに断られたなら自分は受け入れていただろうと思う。けれど藤堂は自分の醜い部分すらさらして見せたうえで断りを入れてきた。それはもう朝比奈のすべてを否定されたかのような衝撃と破壊力、で。
「あの男の所為ですか。枢木ゲンブ――あの男、の! 故国を取り返すためには、あなたの良心や正気すら失わないといけないんですか?!」
ダンッと、朝比奈の拳が硬い地面を殴りつけた。
「一人で抱え込んじゃうんだもんなぁ。あなたはそうして一人で、全部…!」
ぼたぼたと涙が滴った。宝玉を嵌めこんだような暗緑色の目をすがめて朝比奈は泣いた。
「あ、あぁあ、あぁ――…! オレ、はオレは――!」
今更になって朝比奈は藤堂に切りつけた言葉の痛みを知った。自分の言葉がどれだけの心を切り刻んだかを。紅い血潮すら流さぬ、けれどそれ故に深く深い傷痕。藤堂の側で抱いていただけの好意を木っ端微塵にしたかもしれない。藤堂はただ黙って耐えていた。それは真摯なほどにまっすぐ、ただ朝比奈の言葉だけを受けて。非は自分の側にあると、ただ。そんなあなただからこそオレはきっとあなたを愛した。
朝比奈は慟哭した。きっと泣けていないだろう藤堂を想って。あれで藤堂はめったに感情をあらわにしない性質だし、泣き顔はおろか笑顔すら数えるほどしか見ていない。だが藤堂を好きになって目線で追うときになって判った。藤堂は、感じていないわけではないのだ。ただ表現するのが下手なだけなのだ。藤堂はきっと、泣き叫ぶような傷を負っても困ったように微苦笑を浮かべたり涙をにじませたりするだけなのだ。愛することの代償も、愛されることの代償も知っている、聡明な人。
「あぁ、あなたは、なんて――…」
硬い地面にすがりついた爪がべきりと剥げた。あふれだす血流の熱さが藤堂の体内の熱さであればいいと朝比奈は詮無いことを想った。
きみがすきです。
「すまない、朝比奈」
藤堂は膝をつき、うなだれて言葉を紡いだ。駆け出して行った朝比奈の履物が月光に照らされている。履き物すら忘れる動揺ぶりに藤堂は微苦笑した。
「きっと、こんな告白を後悔する日が来る。だから、お前も忘れた方がいい」
何より道に外れた付き合いだ。心から通じ合っていない限り後ろ指さされることに耐えられないだろう。道場のよく磨かれた床に藤堂は爪を立てた。
「すま、ない――朝比奈、お前は、お前は私を見てくれたのに」
だがそれでもすべてをさらすことなどできなかった。藤堂が枢木ゲンブに抱かれていること。そしてむしろ藤堂の側からその行為を受け入れていることなど断じて話せることではなかった。たとえこの話が表面化しても痛手を被るのは藤堂のみだ。枢木ゲンブの実力はそんな性的スキャンダルなど意に介さない強さを持っている。だからこそゲンブは藤堂を抱くのだ。後腐れのない便利な女として。
「お前は、私を見てくれた――」
あの緑柱石のような瞳は違うことなく藤堂自身を射抜いた。それがどれだけ心地よかったか、君は知らないだろう。
「自分を認めてもらうというのはこんなにも、気持ちのいいものだったのだな…」
ゲンブに抱かれるようになってから藤堂は自身から求めることはなくなった。横取りを嫌ったゲンブがことごとく圧力をかけて藤堂の周りを清掃してしまった。夜が明けた次の日に、もう他人になった友人と顔を合わせるのも当たり前になった。藤堂はいつしか求めることを止めた。求めても、たとえ泣いてすがっても相手は必ず離れていってしまうから。無駄だった。するだけ、想うだけ無駄だった。それを悟った時、藤堂は何物も求めなくなった。
誰の記憶にもうっすらと残るだけ。それでいいと自分自身を納得させてきた。印象に残るようなことはしなかった。この故国で、死ねればいいと、ただ、それだけ。死にたがりの自分を朝比奈とスザクは臆することなく求めてくれた。それはただ愛おしくて嬉しくて。どうすればいいのだろうと思うほどに美しい。
「私のこの体はもう、あの人のものなんだ――」
ゲンブの愛撫のみで育まれた体躯はその明暗をはっきり分けた。及ばぬものにも過ぎるものにも過剰反応し、ゲンブの与える量だけを受け入れた。過不足なく与えられるそれにのみ藤堂は背をしならせ、喉を喘がせた。
あぁなんて。なんて穢れた体だろう。
「すまない、朝比奈…スザク、くん」
それでもきっと。君たちはいつかきっとこの告白を後悔するだろう日が来るから。だからは私は君たちに否と応える。その方がいい。きっと、その方が痛手も思い出も壊れずに済むから。
「すまな、い」
ただ自分に出来ることなどないのだ。自分はきっと救いあげる仏の手からこぼれてしまった人種なのだ。ただ喘いで苦しんで、生きて。それだけなのだ。救いなどはないのだ。自分にそんな、モノはないと。
「――死ねれば、いいのに」
藤堂は涙なく慟哭した。潤んだように煌めく瞳も雫の一滴もこぼさず冷徹に。ただ自分は彼の人のものであると。実感する。藤堂は朝比奈の激昂を懐かしいような気持で聞いていた。これまで、藤堂のためを思ってこれだけ声を荒げてくれた人がいただろうか?
「私、などは、死ねば、いいのに」
そんな想いに応えられない自分も。ただ一人にのみ応えてしまう自分も。忌まわしく愛おしく厭う。自分はそれだけの人間だった。たとえ意にそまなくても想いを課せられれば応えてしまうような。浅ましく、狂おしく――浅慮でありきたりな。
「君が想う価値など、私にはないよ…省悟」
それは確かに逃げであったのかもしれない。自己防衛的な逃げ。自身が傷つくのを嫌って予防措置的な対処をする、処世術。傷に慣らされてきた藤堂ならあり得そうな処置だった。
「私だって学ぶさ…手に入れたいものすべて、ことごとく打ち壊されてしまえば――」
友情も愛情も。ゲンブはそれらすべてを藤堂の自由にはしなかった。すべてを管理下に置き、かつ自身の眼鏡にかなったものしか認めず。多くの、そしてすべての人は枢木ゲンブという圧力に屈して藤堂との交友関係を打ち切った。責めることなどできなかった。誰に問えばいいのかも藤堂は判らなかった。ただ思うままに抱かれ喘ぎ、反応する。それがすべてだった。だから、朝比奈やスザクの視線は新鮮で美しく、ありがたく優しかった。優しすぎた。
「私には、価値など…ないんだ」
君の気持はとても嬉しく歓喜したけれど、それに応えるだけの容量があるとはとても思えずまして外的要因からも可能とも思えずに。私はただ、否と首を振る。それだけだった。
「あ、あぁ…うぅ…――…ッ」
慟哭する藤堂が立てた爪がめしりと剥げた。道場の床を汚す血潮を拭いながら藤堂は声を押し殺して泣いた。それがすべてだった。情人の面倒さを嫌ったゲンブのとった行動は藤堂の交友関係を徹底的に破壊することだった。そして藤堂はそれに甘んじた。血に濡れた指先を拭いながら藤堂は笑った。ゲンブの徹底ぶりは凄まじく、藤堂は門下生以外からの賀状を受け取ることもなくなっているほどだった。年末年始の挨拶すら厭うほどに藤堂との関係は厭われたのかと落ち込んだ時期が懐かしい。だからこそ、スザクや朝比奈を巻きこむわけにはいかなかった。
「お前が好きだ…だから、今は外にいてくれ」
私の力及ばぬ範囲内なら彼の人の力も及ばないから。ただ、無力。私にできることは遠ざけることだけなのだ。
「すま、ない。好きだ――それだけは、本当だよ…」
藤堂の慟哭をただ、夜闇だけが聞いていた。清冽に澄んだ夜の空気が藤堂の涙を押し留めた。
《了》