氷のようになかなか溶けないけれど
06:氷
ニコルが角を曲がると運悪く遭遇したそれに、ニコルの眉が寄った。
絡み合う褐色と白色に怒りすら覚える。
笑い合い冗談のようなキスを交わす彼らに怒りをこめて壁をノックした。
「ニコル」
気付いた褐色はそれでも白色から離れようともしない。それどころかニコルの怒りを煽るように白色のされるがままになっている。形の良い白色の手がディアッカの腰を抱き寄せるに至ってニコルは声を上げた。
「冗談ならやめてください」
ぴっちりと整った白銀の髪がさらりと流れて怜悧な顔が現れる。
クスリと笑ったイザークの手はさらに際どく動き出しディアッカの体がびくつく。
「イザーク、ちょっと」
「気にする性質か?」
わざとらしくベルトをいじって見せる白い手にニコルは殺意すら覚えた。
カシャンとバックルの外れる音が冷たく響く。
「どういうつもりなんですか、ディアッカ」
冷たい視線に怯みもせずにディアッカが答える。
「見たままだけど。あてつけとかそんなじゃないからな」
びし、と指をさす仕草は可愛らしかったが状態は憎らしかった。
「じゃ、なんだっていうんですか!」
グン、と一跳びで彼らの元へ着くとディアッカの乱れた胸元を叩いた。
誇り高き赤服の襟は開かれインナーはたくし上げられた状態で何を言うのだろうと、ニコルは怒りを露にする。
「あてつけじゃなくて、なんだって言うんですか!」
怒りに燃える榛色の目に冷えた紫水晶が映り込む。突然表情を消したディアッカはしれっと言い放った。
「訂正。あてつけかも」
「フン!」
ディアッカの言葉にイザークがディアッカから手を離した。
「イザーク?」
イザークの薄氷の眼差しがディアッカを射抜く。
「オレをあてつけに使うとはいい度胸だな」
トンと軽く突き飛ばされるままになるディアッカの腕を、すばやく捕らえて引き寄せたイザークがディアッカの耳元で囁いた。
「一つ貸しだ」
呟くが早いか重ねた唇にディアッカは身動き一つとれず、ニコルにいたっては怒り心頭に達したのが目に見えた。
するりと離れていくイザークの様子にディアッカがふぅと息をつく。
イザークの気配が完全に消えてからニコルの腕がしなった。バチッ、と肉と肉がぶつかり合う音がする。ニコルの白い拳がディアッカの褐色の手に包まれて震えていた。
「何が言いたいんですか」
「それは、コッチの台詞でもあるんじゃない? いきなり殴りかかるなんて」
捕らえた拳を振り捨ててディアッカが冷たく言う。
振り捨てられた勢いに倒れそうになるのを堪えて、ニコルが言った。
「事あるごとにイザークと! それは僕へのあてつけなんですか?!」
ディアッカは口を利かない。ニコルの声だけが静かにこだました。
「なんとか言ったらどうですか!」
まだ幼い少年の叫び声が耳をつんざく。
ディアッカが所在なげに頭を掻いた。物憂げな視線はニコルをさらに苛立たせた。
「ディアッカ」
名前を呼んだ途端にニコルは鼻の奥にじんとしたものを感じた。
情けないと思いながらも涙があふれそうになるのを必死に堪える。それを見てディアッカが驚いたようにびくりと震えた。
うぅ、と呻くような音を発した後ディアッカの口から長いため息が漏れた。
「お前だってさ――」
「アスランばっかり頼るから」
ニコルの大きな目が瞬いた。不思議そうに見つめる視線にディアッカは頭を掻いて自棄になったように叫んだ。
「お前だってすぐアスラン、アスラン、って!」
不機嫌そうに下唇を突き出して腕を組むディアッカにニコルの表情が緩んだ。
怒りが氷を溶かすように消えていくのが判る。
同時に判明した判り辛さにニコルは思わず苦笑した。
「ディアッカ、それって…」
「悪かったな!」
驚きとおかしさに笑うニコルにディアッカが怒鳴る。
褐色で判りづらいが赤面しているのが見て取れた。それがまたニコルの笑いを誘った。
「俺だって嫉妬くらいする…」
ディアッカの言葉が途中で飲み込まれた。ふわんと触れる唇にディアッカの目が瞬く。
「僕もします」
言いながらニコルの手がディアッカの腰を抱き寄せた。
ディアッカは逆らわずされるがままになる。どちらからともなく体を傾け、再度キスをした。
「あなたとの距離が、縮まったような気がしますよ」
ニコルは堪えきれず、再度肩を震わせて笑った。
《了》