※微エロ?
歌でも詠んであげようか 通い夫 腰に紐はつながれなかったが鉄格子の奥へ入るとすぐに手枷がはめられた。重厚な見た目のわりに重みはあまりない。皮膚との接触面には緩衝材が張られる気遣いぶりだ。簡易寝台と水場。トイレも有る。ある程度の長期的な拘束をふまえた房だ。特異的な能力のものを拘束する前提で細工されているようで爆発的な破壊力は削がれている。尊へ枷をはめた少年たちは腫れ物にさわるように飛び退った。尊は彼らが離れたのを見てから寝台へ腰を下ろした。座るなとも言われていないから構わないだろうと思っている。引き下がる彼らに変わって長身の男が立つ。額やうなじを覆う髪は縹藍に艶めいて目元にまでその先端を伸ばしている。鬱陶しくないのかと思うが彼は払うような仕草もしない。鼻梁へ当てられた指がわずかに動くと目元の反射色が変わる。銀縁の眼鏡はごく目立たないもので、こうして動いた時にだけ存在が判る。 尊へ書類を突きつけてからその内容をずらずらと読み上げる。乱れない音程を聞きながら彼の名前を頭のなかで繰り返した。宗像礼司。互いに<王>として成熟したとは言いがたい。それでも尊の行動は多分軽率で、宗像を怒らせるには十分だったのだ。 「――以上の理由から周防尊、右のものを拘束する」 扇動、破壊能力を考慮した上で特別房に入っていただきます。能力の特別的な部分は不条理に抑えこまれて体が怠い。同じ特異能力を有する宗像にも働いていると思うのに宗像はまったく変化がない。正式な手続きと処置を受けるように。着衣、装飾品の類は預かります。拘束がしかるべき手続きのもと解除された際に返却します。今までの口上は決まり事だ。打ち込まれるのが尊でなくとも伝えるべき事柄だ。案の定、宗像はふっと口元を緩めて書類をしまうと尊の頤を指で上向かせた。いい子にしていろ、悪戯な子猫め。 扉を解錠する動きだけで来訪者が宗像だと判る。そもそも宗像以外の面子が尊に深入りするのは少なかった。尊は舌打ちしたくなるのを堪えた。表面的には遠巻きにされてもそこに友好の情はあまりない。暴力的な破壊力が削がれていると判っている連中の中には悪意で踏みにじる奴もいる。顔は覚えていない。散らかされた着衣を一つ一つ拾ってくる宗像は尊を責めないが労りもしない。 「ずいぶんな、格好だ」 口元だけが嗤っている。固い打ちっぱなしの上に体を投げ出していた尊の指がぴくりと震える。食事と排泄と睡眠は保証する項目だと言ってあるんですがね。まとっているのは襟刳りの伸びた白いシャツだけだ。さんざん引っ張られ破かれる寸前までいった。剥き出しの脚の間はごぼりと白い泡が漏れた。 「…てめぇ、部下の管理くらいしとけ」 のろのろと体を起こす。腹の奥へ淀むように何かが凝る。してるんですけどねぇ。至らなさを詫びる気はない口ぶりだった。持っていた食事の盆を床へ置く。助け起こすように添いながら宗像の指が虚を見つけては圧してくる。 ねっとりとした体液を指で弄んでいた宗像が不意に尊を突き放すように立ち上がる。まったく、後のことも考えてほしいものだな。水場で濡らされ、ろくに絞られもしないハンカチで乱暴に体を拭われた。やり方は強引で尊の痛みや羞恥は考慮外だ。着衣は支給しない。されたくもないと悪態をつきたくなる。お互いに言葉遣いがぞんざいだ。お前が言えたクチかよ。オレはちゃんと避妊具を使っているだろう。どっちにしても突っ込むじゃねぇかよ。 「おや、そんな口を利くのか?」 しょうがないな、お仕置きだ。団体で揃いの青い制服の隠しから取り出されたものにあっけにとられた。首輪だ。宗像は慣れた動きで尊の首へ輪を嵌めた。手枷が解かれる。飛びかかりそうに前がかりの状態で鎖を思いっきり引かれて床へ俯せた。顔面を打ちつけるところだった。その頭部を踏みつけられる。粗い床にこすれて頬が熱い。 「詫びろとは言わないが文句の前に言うことがあるだろ?」 鎖がじゃらじゃらと垂れる。純度の高そうな白銀だ。鎖の先端まで放られてきょとんとしてしまうところへ痛烈な痛みが襲った。宗像が尊の髪を掴んで引きずりだす。真朱の短髪は乱暴に掴まれるだけでも痛いがむしるより強い力で手綱よろしく引っ張られる。 「――ッい、てェ!」 振り回した拳が宗像の膝下へまともに当たった。手応えを考えるどころが発露として振り回しただけなので、手応えに尊も怯んだ。 「お仕置きだと言ったろう」 こめかみへ靴先がめり込んだ。のたうつ尊の首輪が掴まれて乱暴に引き寄せられる。がしゃ、と重たく錆びた金属音がする。輝く鎖の先端が固定されている。呆然とする尊の周りを宗像はゆっくりと歩いて様々な角度から眺める。飼い犬だな。失礼、お前は猫だった。繋がれた猫か。 跳ね起きようとして張り詰めきった鎖の強度に引き止められる。固い首輪は喉を潰す勢いで角を食い込ませてくる。鎖の範囲内に戻って激しく咳き込む尊の元へ宗像が膝をついた。 「けだものか?」 指を曲げて素早く振るった爪先が宗像の白い頬をえぐった。焔をまとわせるつもりで振るったが篝火程度も燃えない。この房は想像以上に始末が悪い。歯噛みする尊を完全に意識の外へおいた宗像は傷を確かめている。爪で抉る傷は刃物のようにすんなりとはいかない。 「痕が残ったらどうするんだ、まったく」 引っかき傷や蚯蚓腫れが長引くのは傷口が破壊されるからだ。切断面が綺麗であれば切り傷のほうがよほど早く綺麗に治る。額のきわを鷲掴まれて表情が痛みに攣った。 「しつけのなってない王だ」 平手を喰らい、突き飛ばされる。立ち上がろうとする脚や腕は執拗に払われて何度も伏せった。 うなじのあたりへ熱く湿った気配を感じる。髪を掴まれた頭部は埋めると言わんばかりに押し付けられる。髪がぶちぶちと千切れた。宗像は尊の膝を蹴り開く。情けなく伏せる背中へ寄り添った。 「たまには後ろからしよう。ケダモノっぽくていい」 ねとりと微温くてやわいものがうなじを這った。文句を言おうと開いた口へ突っ込まれるのは指だ。歯を立てるなよ。先んじて言われた上に舌が摘まれて引っ張りだされた。指を噛みちぎるなら舌まで噛み切りかねないほどに絡み合う。 それから尊は脚を開いたり仰け反ったりを繰り返す。宗像の手は気まぐれに優しく脚の間を撫で、熱源を押し込む。意外と素直だな。指先の痙攣と口の端から垂れる涎が返事だ。 ごんごんと重たい扉が叩かれる。今日は宗像じゃねェのか。茫洋と思う。尊をここへぶち込み嬌声と体液を倦むほど吐かせられた。尊の制止は宗像にはなんとも響かず空疎に消えた。定期的に通いつつあるのが日に二度も来たかと思えば今のように何日も放って置かれた。一定の間隔の施錠扉越しに見える通路の明滅で日を数えた。時計を持ち歩く習慣もない。そも、ここへぶちこまれた時にあらかたの私物は取り上げられている。首輪の擦過傷は薄れつつある。何度も付け外しするのが億劫なのか尊の首には輪が嵌まったままだ。宗像と交渉するときに銀鎖で繋がれた。食事を寄越す当番はどう言い含められているのか首輪をはめた尊に対して驚くでもない。尊の方で警戒したが回数を重ねれば緊張も薄れた。笑われようが蔑まれようが尊に逃げ場はないのだ。 扉に備え付けの郵便受けを大きくしたような取り入れ口から食事の乗った盆が吐き出されてくる。引き寄せて食事を始める。美味くもないが不味くもない。食事に文句をつけない性質である。出されたぶんは平らげる。戯れに食事はどうだと知らない声に訊かれて、不味いぜ糞野郎と返事をする。決まりきったやり取りに言葉の意味などない。ただ、能力を使えないぶん浪費もしないので回復は早い。健康な体とたっぷりとした休息を持て余しつつある。 部屋の景色は変わらない。窓も小振りで格子が嵌まっている。硝子もはめ殺しで開かなかった。硝子ではないのかもしれないが過剰な透明度は鉄格子を際立たせてうんざりした。先割れスプーンを噛みしめる。プラスチック製であるからあんまり噛むと壊れる。金属製の食器を寄越すほど人は好くないらしい。費用がかさむだろうなと思いながら心底どうでもいい。剥きだして寄越されるから、使いまわされようが新調されようが区別がつかない。食事の盆を回収されてしまえば本当にすることがない。 眠るのにも飽きていた。熱量の補充が満たされると発散欲がわく。運動したくなる。特異な能力を得る前から喧嘩の経験値だけは高かった。扉をへこませたら巡回に怒られた。保護房へ入れると息巻くところへ保護房ってなんだと訊いてしまった。手に負えない破壊活動をするものを打ち込む特別房で、危険回避のために寝台はおろか便器さえもないという。少しおとなしくする気になった。さすがにそこまで我を忘れてはいなかった。 渇れると思うほど絞られた後に放置されると体が疼いた。もぞ、とうごめくだけで体の天秤が傾いてしまう。大仰な手枷のせいで体を撫でることも億劫だ。指先を舐めること自体が難しい。宗像はどうしたと訊くのも気が引けた。抱かれたがっていると思うのが業腹だ。触れられたがる体は人の気配に敏感だ。宗像は強者として独特の張り詰めるような気配がある。空気がピリッと冷たい時に現れる。その慄えに胎内までもが蠕動した。いる、と思うだけで思考が熱を帯びた。いつからついたか首輪の鈴が震えてちりちり鳴った。ごぉん、と重たい振動が床越しに肌を震わせる。一部の隙もなく整った青い制服の宗像が穏やかな笑みを湛えた。 「いい子にしていたみたいだな?」 腰は甘く痺れて立ち上がりたくなかった。頬や手に触れられるだけでそこから体液がにじみそうだった。潤んだ眼差しと薄く開いた唇が宗像を恋う。 「むなかた、ぁ」 白い襟を掴んで引き寄せて舌を潜り込ませる。待ちかねた体温に体が痙攣した。宗像の腕が尊を抱擁する。それだけで嬌声が上がる。断続的な震えは尊の体温の上昇に比例する。耳元で笑われた。 「もう少し我慢しろ」 指先の震えにつられて目蓋が開いた。焦点の合わない視界に何度も瞬く。猫が起きましたね。ぺちゃ、と頬に触れるのは濡れた布地だ。体を拭った方がいい。避妊具はちゃんとつけたがな。俯せたままおとなしくされるままになる。動くだけの気力がない。動物や子供のように転がされて唇が重なる。濡れた布地を押し当ててくる指先はしっとりと冷たい。口も利きたくない。嫌悪というよりは単純に喉が痛かった。転じてそれが恥ずかしく気まずい。逆上せた末の醜態は目を覆いたくなるばかりだ。宗像もそのあたりを判っているから口元がにやにやして締まらない。拭う手つきだけが優しい。 「周防、ずいぶん可愛く啼いたな」 手加減のない蹴りを食らわせた。ちょっと、手というか足が早い! 文句も聞かない。ガンガンと連続で蹴りつける。あぁもう痛いな。 「それにしてもすごい格好だ」 言われて首や耳まで真っ赤になった。交渉のせいで下肢は裸に剥かれたままだ。慌てて着衣をかき集めようとする尊に宗像が手元へ確保したそれをびらりと広げた。 「周防、これなーんだ?」 「…――…ッ」 尊の下着とズボンが魔手に落ちていた。なんでしょうねー? 私はちゃんと着てますよ? 怒りと羞恥で真朱の髪ほど紅く逆上せる尊に宗像は追い打ちを掛ける。 「やだな、そんな涙目で見つめられると照れますね」 蹴りどころでは足りなかった。睥睨する眼差しは怒りと羞恥と混乱の極地で潤んだ。落涙こそ自負で堪えたが内側はガタガタだ。 「首輪の似合う猫だな」 気後れの微塵もない口調で言われて膝を抱えてまるまるしかなかった。隠したいというより宗像に見せたくなかった。癪に障った。 「…――服、返せ!」 猫のように威嚇するのを撫でられる。手枷と首輪と二本の鎖に縛られて尊は宗像に好き放題された。 《了》 |
尊さん受け少なくて泣きそう 2014年8月11日UP