かわいいとこ、あるでしょ?


   程度があるよ!

 いつも通り繰り返される呼び出しに応じて卜部は団体の統率者を訪った。決まりきったやり取りの後に入室を許される。麗しい美貌の少年が忙しなく部屋を行きつ戻りつする。卜部は黙って襟を緩めた。卜部の動作にも気付かぬようにルルーシュは落ち着きなく机の上をいじったりしている。通常通りであればルルーシュは卜部の意向など気にもしないし影響さえ及ぼさない。ルルーシュは落ち着きなく乱れてもいない髪を直したり裾を引っ張って微調整を繰り返す。
 その時になって初めて卜部はルルーシュが外出用の恰好をしていることに気がついた。ルルーシュはゼロとしての仕事が片付いた際に生じる時間を卜部との逢瀬にあてた。だからあの奇妙に飾り立てたようなゼロの衣服で卜部とは対することが多かった。それが今では質素な洋服で、何も知らぬものが踏み込んだところでゼロとルルーシュと結び付ける要素はない。知らぬ位置で進みだしている事態に追いつこうと卜部が黙って考えこんでいるとルルーシュは意を決したように顔を上げる。
「う、うらべ! 出かけよう!」
するべき返事がない。出かけること自体は何でもない。物資の調達や情報の獲得のためにこの非合法団体も街へ繰り出す。ルルーシュが紛れたところで別に不都合はないだろう。だが問題はルルーシュが何故、今、という点に尽きる。推測さえできなかった卜部は当然慎重になって返答を見送った。ルルーシュが見た目通りに素直な育ちではないことを、交渉をもった卜部は知っている。黙る卜部をどう認識したのかルルーシュは珍しくまくしたてる。
 「せっかくの日時に都合がついたんだ、逃す手はない! 大丈夫だちゃんと準備も怠りなく」
「待て」
どうもかみ合わぬ言葉に卜部が止めた。さえぎられたルルーシュは不満げに唇を尖らせた。
「なんだよ」
「せっかくの日時ってなんだよ。今日、なんかあンのか」
みるみるルルーシュの表情が変貌する。泣きだしそうに紫実が潤んだかと思うと柳眉がきりきり吊りあがる。朱唇がわなわなと震えて卜部を詰る言葉を吐いた。
「気付いていないのか?! そもそも、今日は」
「気付いてないっつうかなァしらねぇ」
「この唐変木がッ!」
言葉で民衆を扇動するルルーシュには珍しく短い叱責だ。卜部はポリポリと頬を掻いた。詰られてもなお卜部には何が悪いのかさえ判らない。変化しない卜部の態度にルルーシュが地団太を踏んで怒り狂った。
 「馬鹿者馬鹿者馬鹿者ッ! お前はッ、オレがなんでッ」
どうも卜部の思惑外のことがルルーシュは気に食わぬようで卜部にはいかんともしがたい。意識の外の事であるから卜部には変えようもなくまたそれがルルーシュの怒りに油を注ぐ。

「お前とオレが出会った記念日だというのに!」

「いつだそれぇッ?!」
ルルーシュの口から飛び出した言葉に卜部の方が仰天した。卜部とルルーシュは旧知の仲ではない。拘束された藤堂の奪還を頼むために卜部たちがこの団体に接触を図ったのである。卜部達の依頼とルルーシュ及びゼロとの対面には時差があり知り合ったという基準で見るには差がありすぎる。
「今日! この日付だこの朴念仁ッ!」
携帯通信の機器を突きつけるルルーシュの勢いに負けた卜部が困り顔で画面を見る。電子表示のそこには現在時刻と日付が着々と刻まれていく。
 卜部は必死に記憶を繰るが明確に思い当たることはない。そもそもゼロであったルルーシュの情報は派手で印象に残る分細部に気が回らない。明確に日付を問われると答えられない。卜部の背中を嫌な汗が伝う。言葉に窮する卜部にルルーシュの表情はみるみる険しくなっていく。
「ほんっとうに気が利かない――」
「全然覚えてねェ」
わりぃ、と謝る卜部にルルーシュの大きな目が見開かれてから一気に潤んだ。
「ばかものぉぉぉぉ」
うわーん! と寝床に体を投げ出してルルーシュが泣いた。言い分が通らなかった際の子供のようだと茫洋と思ったがそれは言わぬ。とりあえず己にも責任があるらしいことだけは痛切に感じた。だが本当に覚えのない卜部には覚えているという嘘さえつけぬ。そもそも卜部に選択の自由さえ与えなかったルルーシュがこうも好意的なものを信じているとは卜部には意外だった。有無を言わさず行為に及んだ相手に対して何故好意が継続されていると信じられたのか皆目わからぬ。
「…ガキかァ」
そのあたりの詰めの甘さはルルーシュの年相応の幼さのような気がして愛らしくはある。卜部の言葉を聞き咎めたルルーシュがギンッと卜部を睨みつけた。
「貴様のような無神経野郎にガキなどと言われたくはないわ!」
「へいへい」
ルルーシュの言葉を退けてから卜部はどうするべきかを案じた。この調子でいけば怒りのままに追い出されて行為に及ばぬ可能性もある。それならそれで構わないとルルーシュの方を見れば、すがるように卜部を見上げていた。
 卜部は稀に見る長身であるから大抵のものの上目遣いに対面する。ベッドにすがりついているルルーシュは西洋人形じみた造作で双眸を潤ませていた。美貌と言っていいその出来には感心する。ルルーシュを見たものの美醜の評価は同じ方向を向くだろう。
「ほんとに…おぼえていな、いの、か…?」
「全然」
プルプル震えてすがるように手でも伸ばしそうなルルーシュに卜部はきっぱり言い切った。ボケる歳ではないが神経を使う位置で生活しているので不必要であると評価した情報は本当に忘れる。取捨選択に対する対応は明確だ。
「うッうわ、あぁぁぁああ」
ルルーシュが大泣きした。泣くという行為を恥じる年頃のしかも男が泣いている。しょうがないので好きに泣かせる。こういうものは止めたって止まらぬから泣きたいだけ泣かせる。ルルーシュの泣き声をBGMに卜部は財布の中身を確かめた。今後のために多少の出費を覚悟する。次第にルルーシュの泣き声が収まってくる。
「うッう゛ぅうぅう゛うー…」
ぐずんぐずんと鼻を鳴らしてしゃくりあげている。責めるように見つめる紫苑は真っ赤に充血して洟まで垂れている。人一倍人の目に映る姿を気にしているゼロであるとは思えぬ醜態だ。卜部は黙って何もしない。泣いている子供をどう扱ったらよいか判らぬ性質である。泣きたいなら泣かせたらよかろうと放っておくと今度は冷たい、冷血、と罵られる。どうしたらいいか判らないし、考え抜いた末の行動であっても結局責められることの方が多いのだ。
 「なぐさめろ!」
「いや、なぁ…」
たじろいだ卜部がお茶を濁す。ルルーシュが望むように日付を思い出せるなら何でもするがおそらくは思い出せぬからルルーシュの期待には応えられない。望むとおりにはしてやれぬから期待を持たせるのも酷な気がする。結果としての無反応でさえ怒られて卜部はどうしたら良いかお手上げだ。
「な、泣いてッ、いる奴が、いるんだから慰めの、言葉っく、らい…かけろ…ッ」
ひぐひぐとしゃくりあげながらルルーシュがずばりと言った。卜部は黙ってルルーシュのもとへ屈む。
「泣くなっつったってあんたァ俺の所為だって言うだろ。俺はどうしようもねェし」
「ばかもの…! 善意くらい、ないのかッ、いた、わりとか!」
ぐずぐずとルルーシュは鼻をすする。白い頬まで薔薇色に染めて泣きながら怒っている。
「いや、だから、あんた俺にどうしろっつうんだよ」
「ばかぁあぁあ」
泣きながらルルーシュが顔を覆って嘆いた。卜部にはどうしようもない。そもそも何が良くないかさえ曖昧なのだ。卜部は改善策はおろか原因の見当さえつかぬ。必死に記憶を手繰るがルルーシュとの出会いはまったく判らない。
 はァッとため息をついて鼻紙を取り出すとルルーシュの顔を起こして鼻をつまむ。
「かめって」
涙に潤んだ双眸が眇められてぼろぼろ落涙する。それでもルルーシュが促されるままに洟をかんだ。何とも珍妙な成り行きだ。あれほど緻密で揺るがない作戦を立てて実行するゼロがまさか一人の男の言動に大泣きしているとは想像を絶する。ルルーシュの白い指先が鼻紙を丸める。
「じゃあ今日がその記念日なんだな? だったら好きにしていいから」
きらんと紫苑が煌めいた。過剰な潤みを帯びた双眸は迫力がある。
「ホントか」
「判った忘れた俺が悪かったって。だからあんたの好きに――」
ルルーシュの顔が嬉しげに輝いた。明確な変貌に卜部の方がぽかんとする。
「ホントだな、絶対嫌だというなよ?!」
「……ど、努力する…」
うきうきと浮かれながら恥じるように指先をこねくり回しながらルルーシュが堪えきれずに笑んだ。
「だ、だったら! 今日のためにホテルを取ってある。ちゃんと食事の予約もしたし、二人きりで過ごそう。そして、しよう! ちゃんといろんな道具も用意しているぞ」
口の端が堪えきれずに震えてつり上がり顔全体が笑いに歪む。広がる笑みは品が良く、それでいて喜びが堪えきれていない。
「ちゃんと埋め合わせをしろ! 嫌だとは言わせない! 脚を開いてもらうからな、大丈夫だ、ちゃんといろんな道具も用意したし手順も勉強済みだ!」
あぁちょっと早まったかも。卜部が引き攣る表情の奥で悔やむがことはすでに遅い。ルルーシュは予約したホテルの美点や寝床での技術をとうとうと並べ立てた。
 「行こう卜部!」
すっくと立ち上がるルルーシュを見上げて卜部は洗面を指さした。
「顔洗ってこいな」
洗面に向かいながらルルーシュは精一杯ふんぞり返った。
「卜部、今日は退屈させないからな!」
平穏が尻をまくって逃げていく足音を聞いたような気がした。


《了》

おばかがふたり…                     05/04/2010UP

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