醜いさまだと、判ってる


   私を動かすのは自分勝手な

 起こり得る事態ではあったのだ。卜部は茫洋と思った。卜部の自宅は独り者に相応しい程度に狭く、台所などの水回りも手狭だ。長身の藤堂が立てばなおさら窮屈に見える。食事を抜くつもりでいた卜部は炊事をしている藤堂の姿にしばし呆然とした。
「…卜部?」
藤堂は常日頃から口元や姿勢が引き締まっているが卜部のなりを見るとそれは厳しいものへ変わった。卜部の方でも藤堂の言いたいことくらいは見当がつくからあえて問わない。弁明もしなかった。背筋を伸ばすとずきんと腹部が痛んだ。卜部は黙って寝床へもぐりこもうとする。藤堂とは自宅の合鍵を交換し合うような仲で、留守宅へ上がり込んだり多少の我儘は通したりする。
「卜部、手当てをしなさい」
炊事をする手を休めず藤堂が言いつける。無理やり藤堂が手当てしないというのは卜部に言い訳の余地を残している表れでもある。藤堂は頑固な性質で極めた事はやりとおすし有無は言わせない。卜部はのそのそ這いずって救急箱を探し出す。
 卜部のなりはひどいものだ。激しい出血こそ止まっているが殴打をあびた頬や腹部は変色して腫れあがっている。口の中に鉄の味がする。殴られる際に歯は食いしばったと思うのに、それでも裂傷を負う。相手は複数でいずれも行き当たりばったりの無鉄砲さと手加減のなさがあった。顔見知りでなく無関係であればある程相手に対して冷徹になれるものだ。卜部も応戦したが技術があっても数という問題がある。それでも相手にある程度報いることができた手応えが傷を負った情けなさと相殺した。だが帰宅して卜部を迎えたのは軽挙を諫める藤堂の沈黙だ。藤堂が喧嘩をすればほとんどの者は敵わないだろう。だがそれだけの実力を有する藤堂は影響力も心得ていて滅多なことでは暴力を振るわない。牽制力は振るわないからこそ力を持つ。
「あんたァ来てるたァ思わなかったな」
喋ると口の中がピリリと痛む。頬の裏や舌先でも切ったかもしれない。ぺろりと覗いた舌が乾いた血液でこわばる唇を舐めた。藤堂の返答が遅いのは窮しているからではない。不満を訴えられたが卜部は態度を改善する気はない。卜部が殴り合おうが抱きあおうが藤堂の意向を気にする気はなかった。互いに干渉し合わない淡白な関係こそが卜部と藤堂を結びつけている。だからこそ卜部も藤堂の生活態度や戦闘関係に口出ししたりはしない。
 洗面所に駆けこんで顔を洗って口を漱ぐ。吐きだした水は紅かった。乱雑に洗って拭いもせずに顔を上げる。鏡越しに何か言いたげな藤堂が見えた。
「なンすか」
「何をしてきた」
問いながら藤堂は知っていると言いたげにこらえている。あえて問うのは卜部の言い分を聞く姿勢を示しているのだ。卜部は肩をすくめると雫を滴らせたまま洗面台を離れる。皮膚を滑る水滴の冷たさが腫れた頬に心地いい。
「別に少し面倒があっただけっす。相手は叩きのめしたから特に支障は出ねぇ、でしょうし」
がちん、と藤堂の指先が調理を中止して火を止める。長期戦を構える気だと卜部は視界の端で思った。案の定藤堂は台所を離れた。
「面倒とは? 手当てをする気がないなら私がする。そこへ座りなさい」
上から言いつけるような物言いになるのは、藤堂が実際に子供たちへ教える立場にある所為だ。藤堂は道場を構えて武道を教えている。
 刃向うだけの意味や効果を見いだせなかった卜部は黙って従った。藤堂は滅多なことでは感情を爆発させたり無理強いしたりしない分、限度を超えると手加減しない。一度若気の至りとして藤堂に反発した結果完全に服従するという経験をした。それに懲りた。
「年齢を考えなさい。もうそんな馬鹿なことはしないと思っていたのだが」
年齢を考えることを促しながら藤堂の扱いは子供扱いだ。ようするに藤堂には卜部は守るべき立場にあるとみられているということだろう。確かに戦闘も武道も藤堂には敵わないがあからさまな子供扱いは馬鹿にしているのかと思わせる。こうしたすれ違いから生まれる軋轢は藤堂を孤高の人にする。厭わずに懐くのは卜部も含む四聖剣の面々くらいだ。卜部は黙って手当てを受けた。子供を相手にする藤堂は怪我の手当ては慣れている。子供の粗相や軍属として怪我に直面することの多い立場とも影響しているだろう。卜部だって応急手当くらいはこなせる。
 「なにがあった?」
藤堂の問いは藤堂の感情をだいぶこらえた結果だ。それでも卜部は素気無く目を逸らす。多少の痛手を被る結果は不本意で気恥かしくもある。自然と返答もそっけない。
「別に。ただブリキ野郎と揉めただけすよ。相手ァ複数だったんで不覚とったけど」
藤堂の手がピクリと止まる。地雷踏んだな、と卜部は冷静に思った。
「こんななァ大したことじゃあねェし。唾つけときゃあ治りますから」
久しぶりの喧嘩は卜部の体に疲労を蓄積させた。食事も摂らずに眠ろうと思っていた卜部にとって藤堂は予想外の手間だ。だからこそおざなりになる態度のように卜部は藤堂の変化を見逃した。
 藤堂が卜部を押し倒した。すぐさま襟を開いて服を脱がせていく。
「ばッなッ…何、すんだあんたァ!」
卜部も応戦するが地盤が違いすぎる。藤堂の拘束は最低限の手間で多大な効果を上げ、卜部の体はなすすべなく仰臥した。衣服を剥がれた卜部の体は痛々しい様相をさらけ出す。
「たいしたことない、だと」
低い藤堂の声は明らかに怒りを含んだ。だが卜部には何がそんなに気に障ったのかさえ自覚できない。卜部だって藤堂がボロボロになっていても理由は問わなかった。それだけの関係が築けていると思っていた。
「痛いか?」
藤堂の指先が蒼く痣を残す部分を押す。脈打つような痛みが卜部の体を走り抜ける。
「いッ…!」
「そうか、ここは。こちらはどうだ」
藤堂の指先は謳うように卜部の痛みを掘り返していく。そのたびに卜部が四肢を震わせ痛みに跳ねあげる。
 藤堂は手加減などしない。手加減をするくらいの優しさがあればそもそもこんなことはしない。
「いって、いてェッ! や、め」
刹那、卜部は変化に気付いた。重く痺れるその刺激は明らかな快感だった。目線を投げた卜部は息を呑んだ。反応した己の体の浅ましさ。藤堂も気づいて指先を絡めてくる。
「気持ちいいのか。痛いと言って、いたと思ったが」
藤堂に体が暴かれてゆく。痛いと言っても言葉の信憑性は薄れて指先に蜜が絡む。卜部の息が次第に上がり熱を帯び、脚の間が痙攣した。
「うるっせ…!」
言い返す卜部の体ががくんと揺れる。引き起こされる勢いのまま、藤堂の体をまたぐ。ぽかんとする卜部に藤堂が悪戯っぽく笑う。
「背中が痛いのだろう」
執拗な殴打は衣服で隠れる胴部へ集中した。卜部は口の端をつり上げて哂う。
「なンだよ、余裕…」
背丈は卜部の方があるが藤堂の方が体が確りしていて目方もあるだろう。卜部は痩躯であり力強さに欠ける面がある。その点、藤堂は引き締まった体躯で幌のようにしなう柔軟性と威力のある四肢をしている。筋肉は見た目以上に重さがあるから量ってみれば藤堂は案外目方がある。
 「お前こそ。泣くくらいの可愛げがあればな」
「バカみてェ」
「お前は泣かないから。朝比奈の方が余程泣く。痛くても辛くてもお前は一人でこらえてしまうから。痛いんだともっと、周りに言ってもかまわないのだが」
諭すように藤堂は言葉をつづる。卜部は震える口元を引き締める。
「泣くなァただの自己満足でしょう。テメェがすっきりするだけで何の進展もねェし、無駄でしょう。泣いたって…慰めてくれるやつがいるたァかぎらねェンだし」
慰めもなく泣くほど無駄なことはない。少なくとも卜部はそう思っているし、そういう思惑が行動指針でもある。
「お前が泣いたら私が慰めるが」
しれっと言ってのける藤堂はいっそ無垢だ。他意などない。言葉を継げない卜部に藤堂が言い募る。
「本当だ。私はお前から目を離さないし、お前が泣いていたなら抱き締めるだけの覚悟はあるつもりだ。その、どうしても出来る範囲に、限られてしまう、が…」
でも、と藤堂は言葉を繋ぐ。
「私はお前とともに悲しむ気はあるし、それだけの負荷に耐えうる心算だ。自分勝手な同調だと哂ってくれていい、でも私はお前を」
藤堂の灰蒼はきらきらと艶を帯びた。過剰に潤んだそれは瞬くように揺らめいた。
「私はそのくらいにはお前を愛している」
玲瓏とした低音が卜部の耳朶を打つ。心地よい。その震えに身を任せたくなる。
 「一方的でも構わない、私はお前を愛してる。お前が怪我をすれば胸が痛むし傷つけば悲しくなる。辛ければ涙するし、お前が泣くなら肩を抱くだけの心算はある。私はお前が」
卜部の茶水晶はじっと藤堂を見た。潤んだ灰蒼は仄白い煌めきを白い光として帯びて揺れる。皮膚の色も髪の色もありふれたアジア人である藤堂が何故こんな瞳の色を得たのか理由は判らない。突然変異のように唐突なこの変調は神々しさすら帯びて魅了する。藤堂の子供の目の色が知りたいと無為に思う。
「…お前の髪は珍しいな」
藤堂の言葉が不意に脇へそれた。
「蒼い髪だ。艶が蒼い。日本人とは思えないな」
「あんたの目の色だってそうでしょう。そんな薄い色、見たことねェ」
藤堂の指先が乱暴に卜部の髪を梳いた。引っ張ると言うに近い乱暴さのそれは照れ隠しだ。卜部がにやりと笑うと藤堂も口の端をつり上げる。
「味噌っかすだ。散々馬鹿にされてきたが、お前の気を惹けるなら良かったかな?」
藤堂の灰蒼はともすれば白濁とした眼球とも見える。虹彩の煌めきが殊更に映えた。
「はは、同じっす。この髪色だって散々、悪口言われて」
卜部の唇に藤堂が吸いつく。途切れた言葉は喉奥へ呑みこまれていく。絡みつく舌先の熱さとぬめりが感覚を麻痺させていく。
 「卜部、喧嘩は売られても買うな。もう止めなさい」
卜部は返事をしない。口元が引き締まった。
「私はお前に傷ついてほしくないし、傷ついたさまなど見たくないんだ」
卜部の口元が痙攣したかと思うと噴き出して笑う。口元を覆うが笑いは隠しきれない。肩を揺らして笑う卜部に藤堂がむっと唇を引き結ぶ。
「うらべ」
「すんません、あんたァ結構くだらねェこたァ気にするなァと思って」
クックッと笑いながら卜部は藤堂の唇に唇を寄せた。
「俺もあんたァ傷ついてほしくはねェなァ」


君が痛みに泣くのも痛みにのたうつのも
私は見たくは、ないんだよ


《了》

なんだろうこれ微妙な両思いみたいなやつ…! 卜部さんて何歳(そこか)
藤堂さんは卜部さんの前では虚勢張らなくていいんだよね的な!(そういうことは小説で言いなさい)
卜部さんの虚勢も藤堂さんの前に無効化! みたいな!(意味判んない)
誤字脱字がなければいいなー…!          01/25/2010UP

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