ささいなことでした
でも
とても大きなことでした
君に言われたこと
ギルフォードが通る道順を知っているかのようにルルーシュはその小さな体で待ち伏せた。ギルフォードは始めのうちこそ小言を並べたがルルーシュがこたえないと判ると何も言わなくなった。
「またいらしたのですか?」
ため息混じりのギルフォードにルルーシュはニカッと笑顔を見せた。
「会いたくなっちゃった」
ギルフォードは嘆息して辺りを見回すとルルーシュを手招いた。ギルフォードも他の人間がいると軍属の域を弁えた態度しか取らないが、誰もいないとなると親しげに対応した。
「あまりいらっしゃらない方がよろしいんですが」
「ぼくのこと、嫌いですか?」
途端に紫水晶の瞳を潤ませる。ギルフォードは慌てて頭を振った。
「私のような一兵卒に会いたいなどとおっしゃってはいけません。私はただの兵です、駒でしかありません」
「でもぼくはあなたに会いたかったんです!」
聡明で早熟故の強引さでルルーシュは不満げに唇を尖らせた。ギルフォードは微苦笑を浮かべてルルーシュをいなした。穏やかに制されて初めて気付いたのかルルーシュは照れたようにそっぽを向いた。
黒絹の艶を持つ髪を梳いてやれば機嫌をなおしたのか、はにかむように頬を染めて笑った。
「…お綺麗な髪だ」
ルルーシュが不思議そうに目を瞬かせた。こぼれ落ちそうな瞳は希有な宝玉の煌めきだ。
「あなたと同じじゃないですか? 黒髪でしょう?」
ギルフォードは自身の短髪をつまんで明かりに透かすようにして見せた。明かりが透けて黒とも茶とも違う深味のある色が見えた。
「完全な黒髪ではないでしょう。少し色が抜けているのです。半端な色ですよ」
あっさり言ったギルフォードの言葉が聞こえてないかのようにルルーシュは瞳を輝かせた。
「そんなこと、ないです! とっても綺麗です!」
輝くばかりの満面の笑顔にギルフォードの方がびっくりした顔をした。
「き、綺麗です! ただの黒よりいいと思います!」
ルルーシュは黙ってしまったギルフォードに小さな手をにぎりしめて力説した。
「…あ、ありがとう、ございます」
ギルフォードがようやく返事をすればルルーシュは柔らかそうな頬をほんのり染めて満面の笑みを浮かべた。
「髪も細いし、伸ばしたらきっと綺麗!」
子供らしく物事に決着を見たらしく、一人合点して満足げだ。ギルフォードは根負けしたように笑った。ルルーシュはギルフォードの白いうなじに触れた。さらりと滑る感触に目を瞬かせる。
「…ぼくも伸ばそうかな。あなたが伸ばしたところを見てみたいけど…」
「手入れが大変そうですが…伸ばしてみましょうか」
ルルーシュの顔がパァッと華やぐ。ぎゅうとギルフォードに抱き着いた。
「伸びたら見せてください! きっと綺麗ですよ!」
ルルーシュの勢いに押されてギルフォードはこくんと頷いた。ルルーシュは考えが通って満足げだ。紅く熟れた唇で子供っぽい全開の笑顔を見せた。
「そういう微妙な色は出すのが大変なのでしょう? 天然の色でそういう色だなんてすごいです!」
ルルーシュにつられたようにギルフォードも笑って小首を傾げた。さらりと揺れる髪からほのかに香る石鹸の香にルルーシュの胸が騒いだ。
ルルーシュがその変化に動揺しているうちにギルフォードに呼出しがかかってしまった。ギルフォードはテキパキと対応すとルルーシュの手を引いた。
「私はもう行かなくてはなりませんから…お送り致します」
「…うん」
途端にルルーシュから覇気がなくなる。別れがたいような名残惜し気な様子にギルフォードは頭を撫でてやる。
「またお会いできますから。それまでに髪を伸ばしておきます」
「はい! きっと美人です!」
きっぱりとそう言ってルルーシュは駆け出していく。薔薇色に頬を染めて手を振り駆け戻って行く。ギルフォードは苦笑して小さく手を振り返すと持ち場へ戻った。
その日からギルフォードは髪の手入れに手を付けた。
【了】